アオイシェルティーって賢くて優しい犬種ってイメージなんですけど、DNA検査までいるものなんですか?
森下 慧実は2009年にこの病気の原因遺伝子が特定されていて、今ではシェルティーを含む30犬種がOFA(米国整形外科財団)の病理確認リストに載っています。
アオイでも高齢になってから足がふらつくのって、ただの老化じゃないんですか?
森下 慧そこが厄介なところで、初期症状は老化や椎間板ヘルニアと区別しにくいんです。だからこそ遺伝子検査と神経学的な除外診断の両方が要ります。
森下 慧日本の獣医学会誌にもシェルティーの変性性脊髄症の症例報告があります。決して海外だけの話ではありません。
アオイじゃあ、うちの子が発症する確率が分かる検査があるってことですね。
結論: シェットランド・シープドッグ(シェルティー)は、変性性脊髄症(DM)の原因とされるSOD1遺伝子変異が報告されている犬種の一つで、米国整形外科財団(OFA)が病理学的裏付けのある30犬種のリストに名を連ねています。この変異は2009年、コーギーを対象にした研究で発見され、ヒトの筋萎縮性側索硬化症(ALS)と同じ遺伝子に起きる変異として注目されました。ただし変異を持つ(A/A型)からといって必ず発症するわけではなく、遺伝子検査はあくまで「なりやすさ」を示す指標です。頬の粘膜をこすって採取するだけの検査で調べられ、確定診断には神経学的な除外診断が別途必要です。
高齢になったシェルティーの後ろ足がふらつく、爪を擦って歩く、腰が左右に揺れる——そうした変化に気づいたとき、多くの飼い主はまず「年のせい」と考えます。しかし変性性脊髄症(Degenerative Myelopathy, DM)は、まさにこのような非典型的な老化症状として始まり、進行すると数ヶ月から数年かけて後肢麻痺に至る神経疾患です。
この病気を特別なものにしているのは、原因となる遺伝子がヒトの難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)と同じ「SOD1」であるという点です。犬のDMは、人間のALS研究にとっても自然発症モデルとして重要な意味を持っています。この記事では、シェットランド・シープドッグがなぜこの病気の対象犬種とされているのか、研究の裏付けと日本での検査の受け方を、一次情報に基づいて整理します。
SOD1遺伝子とALSとの関係
SOD1(スーパーオキシドジスムターゼ1)は、細胞内で発生する有害な活性酸素を分解する酵素をつくる遺伝子です。この遺伝子に特定の変異(エクソン2のc.118G>A、アミノ酸レベルではE40Kと呼ばれる置換)が起きると、酵素の構造が不安定になり、脊髄の神経細胞内で異常なタンパク質の凝集を引き起こすと考えられています。名古屋大学の研究グループは、この変異型SOD1タンパク質が犬の細胞内でどのように凝集していくかの分子メカニズムを解析し、成果を発表しています。
重要なのは、ヒトの家族性ALSの一部も同じSOD1遺伝子の変異が原因で起こるという点です。犬のDMは自然発症する動物モデルとして、ALS研究者からも注目されてきました。
発見の経緯 — 2009年のコーギー研究
この変異を世界で初めて特定したのは、2009年に米国の研究チームが発表した論文です(Awano T, et al. 2009, Proceedings of the National Academy of Sciences)。研究チームはDMを発症したペンブローク・ウェルシュ・コーギー38頭と、血縁関係にある健康な対照犬17頭のDNAを比較するゲノムワイド関連解析を行い、犬の第31番染色体上のSOD1遺伝子領域に強い関連を見出しました。
この最初の研究で調べられた5犬種——ペンブローク・ウェルシュ・コーギー、ボクサー、ローデシアン・リッジバック、ジャーマン・シェパード・ドッグ、チェサピーク・ベイ・リトリーバー——では、DMと診断された犬の96%がA/A型(変異型ホモ接合)だったのに対し、臨床的に健康な対照犬でA/A型だったのは34%にとどまりました。この差が、SOD1変異とDM発症の強い関連を示す根拠になっています。
なぜシェットランド・シープドッグが対象犬種なのか
2009年の最初の研究がコーギーを中心に行ったのに対し、その後2014年にZengらが発表したより大規模な品種分布調査(Journal of Veterinary Internal Medicine誌)では、3万5千件を超える遺伝子型データをもとに調査対象が大きく広げられました。この調査と関連研究の積み重ねにより、OFAは現在、病理学的な裏付け(脊髄の組織検査による確認)があるとする30犬種のリストを公表しており、シェットランド・シープドッグもこのリストに含まれています。
実際に日本国内でも、シェットランド・シープドッグが変性性脊髄症と診断された症例が日本獣医師会雑誌に報告されています。SOD1遺伝子変異解析で変異型ホモ接合(A/A型)が確認された症例で、進行性の運動失調を呈する高齢犬を診療する際にはDMを鑑別診断の一つとして考慮すべきだと結論づけられています。海外の研究だけでなく、国内の臨床現場でも実際に遭遇しうる病気だということです。
なお、Zengらの調査では、DMと病理学的に確認された168例の脊髄のうち157例がA/A型(ホモ接合)、9例がA/N型(ヘテロ接合、いわゆるキャリア)、残り2例はN/N型(変異を持たない正常型)でした。つまり「A/A型でなければ絶対に発症しない」「N/N型なら完全に安全」とまでは言い切れず、ごく少数ながらヘテロ接合や正常型でも発症したとみられる例があり、SOD1の遺伝子型だけが唯一の決定因子ではない可能性が指摘されています。
アオイじゃあ、A/A型じゃなければ安心していいわけじゃないんですね。
森下 慧そうなんです。Zengらの調査ではヘテロ接合でも発症した例が報告されています。ただ圧倒的多数はA/A型なので、検査の意味は十分にあります。
症状と、老化・椎間板ヘルニアとの見分け方
DMの典型的な初期症状は、後肢の非対称なふらつき、爪先を擦って歩く、後ろ足の交差(ナックリング)などで、痛みを伴わないのが特徴です。発症年齢はおおむね8歳以降が多いとされますが、OFAの解説ページには「A/A型と判定された犬の中には、15歳になるまで臨床症状が出なかった例もある」との記載があり、発症時期には個体差が大きいことがうかがえます。
一方、シェルティーを含む多くの犬種で後肢のふらつきを起こす代表的な疾患には、椎間板ヘルニアや股関節・膝関節の整形外科的疾患、他の脊髄腫瘍性疾患などがあります。これらは痛みを伴うことが多く、治療法も異なるため、遺伝子検査の結果だけでDMと自己判断せず、MRIや脊髄造影検査などによる除外診断を獣医師に依頼することが欠かせません。OFA自身も「遺伝子検査はDMの診断そのものではなく、リスクを示す指標である」と明記しています。
遺伝子検査の受け方と結果の読み方
SOD1のDNA検査は、頬の内側を綿棒でこすって粘膜細胞を採取する非侵襲的な方法で行えます。米国ではOFAのウェブサイトから検査キットを申し込み、採取したサンプルをミズーリ大学獣医学部の小動物分子遺伝学研究室に送る仕組みで、料金は1検査65ドルです。結果は次の3パターンで返されます。
- N/N(正常型):変異を持たない。次世代に変異を伝えない。
- A/N(キャリア、ヘテロ接合):変異を1コピー持つ。臨床的に発症する可能性は低いとされるが、子への遺伝リスクはある。
- A/A(リスク型、ホモ接合):変異を2コピー持つ。DMと診断された犬の大多数がこの型に該当するが、必ず発症するとは限らない。
米国での検査費用は1検査65ドルで、為替レートにより変動しますが本稿執筆時点でおおよそ1万円前後に相当します。ただし正確な日本円建ての料金は検査ラボや代行窓口によって異なるため、この換算はあくまで目安として扱ってください。
日本国内での申し込み経路は、犬のライフステージによって事情が異なります。ペット保険大手のアニコムホールディングスは2017年からブリーダー向け、2019年からは子犬向けにDTC(消費者直販型)遺伝子検査サービスを提供していますが、これは主に繁殖・購入段階を対象にしたプログラムです。同社が2023年に学術誌Genome Biology and Evolutionで発表した研究では、ペンブローク・ウェルシュ・コーギーにおけるSOD1変異(A/A型)の頻度が、検査普及とともに2016年の46.0%から2022年には2.9%まで低下したことが報告されています。これはシェルティーそのもののデータではありませんが、同じ国内の検査基盤を使って遺伝的リスクを数年単位で下げられることを示した実例として参考になります。
一方、すでに家庭にいる成犬のシェルティーについては、国内で単体のSOD1検査を一般の飼い主が直接申し込める窓口を本稿執筆時点で確認できませんでした(岐阜大学動物病院と鹿児島大学の共同研究チームがSOD1関連の遺伝子検査を行っていますが、これは獣医師からの依頼に限られ、対象もDMを発症または疑われているペンブローク・ウェルシュ・コーギーに限定されており、シェルティーの予防的スクリーニングには使えません)。実務的な選択肢としては、まずかかりつけの獣医師に相談し、OFA/ミズーリ大学など海外ラボへの検体送付を代行してもらえるか、あるいは国際発送に対応した海外ラボへ飼い主自身で直接申し込めるかを確認する形になります。いずれの場合も国際便での対応可否や送料・通関の扱いはラボや時期によって変わりうるため、利用前に直接確認することをおすすめします。
アオイ日本でも検査が受けられるって、意外と知られていない気がします。
森下 慧そうですね。アニコムの取り組みはブリーダー・子犬向けが中心なので、うちのような成犬は、かかりつけの獣医師に相談して海外ラボへの送付を検討する形になります。
繁殖への配慮と日本の法規制
DMは常染色体劣性の形式で遺伝すると考えられており、両親がともにキャリア(A/N)の場合、理論上は子の約25%がリスク型(A/A)、50%がキャリア、25%が正常型になります。繁殖を計画する場合は、交配前に両親の遺伝子型を確認し、少なくとも一方が正常型(N/N)になるよう組み合わせることで、リスク型の子犬が生まれる可能性を避けられます。米国のペンブローク・ウェルシュ・コーギー向けには、SOD1に加えてSP110遺伝子の修飾因子まで調べる追加検査(DMRM)も開発されていますが、これは現時点でコーギー専用であり、シェルティーには適用されません。
日本国内でシェルティーを繁殖する場合、ブリーダーは動物愛護管理法に基づき「第一種動物取扱業者」としての登録が必要で、繁殖計画や飼養環境について同法の基準を満たすことが求められます。遺伝性疾患のスクリーニングは法律上の義務ではありませんが、ジャパンケネルクラブ(JKC)に登録された血統書付きシェルティーを繁殖に用いる場合は、同法の基準遵守に加えて遺伝子検査結果を購入希望者に開示することが、トラブル防止の観点からも望ましいとされています。
ペット保険への影響
日本の主要ペット保険各社は、契約前から症状が出ている「既往症・症状発現後」の傷病を補償対象外とする一方、遺伝子検査の結果そのものを理由に加入を拒否するという運用は一般的ではないとされています。ただし遺伝性疾患に関する補償範囲や待機期間は保険会社・プランによって異なるため、検査結果を保険会社にどう伝えるべきか、契約前に直接確認しておくと安心です。
シェルティーの飼い主が今日からできること
- 8歳を過ぎたら、後肢のふらつきや爪を擦る歩き方がないか定期的にチェックする。
- 気になる症状があれば、まず整形外科的な原因や椎間板ヘルニアとの鑑別のために獣医師の神経学的検査を受ける。
- SOD1のDNA検査(頬粘膜スワブ)を受け、結果を診療記録として残しておく。
- 繁殖を計画している場合は、交配前に両親双方の遺伝子型を確認する。
- 加入中・検討中のペット保険には、遺伝子検査結果の扱いを直接問い合わせる。
- 本記事は一般的な情報提供が目的であり、診断や治療方針の決定は必ずかかりつけの獣医師に相談してください。
よくある質問
Q. シェットランド・シープドッグはDMになりやすい犬種ですか?
OFAが病理学的な裏付けをもとに公表している30犬種のリストにシェルティーは含まれています。ただし正確な発症率の統計はこの記事の執筆時点で確認できておらず、「対象犬種である」ことと「必ず発症する」ことは別の話です。
Q. 遺伝子検査でA/A型と出たら、もう発症は避けられませんか?
いいえ。OFAの解説では、A/A型と判定された犬の中にも15歳まで症状が出なかった例があるとされ、必ず発症するとは限りません。検査結果はリスクの指標であり、確定診断ではありません。
Q. 日本国内でSOD1の遺伝子検査は受けられますか?
アニコムホールディングスがブリーダー・子犬向けにDTC遺伝子検査を提供しているほか、海外ラボに直接申し込む方法もあります。国際発送への対応可否はラボによって異なるため、事前に確認してください。
Q. 症状が似ている他の病気にはどんなものがありますか?
椎間板ヘルニアや整形外科的な関節疾患、他の脊髄疾患などが後肢のふらつきを起こすことがあり、これらは治療法が異なります。MRIなどによる除外診断が必要です。
参考文献
- Awano T, Johnson GS, Wade CM, et al. (2009). “Genome-wide association analysis reveals a SOD1 mutation in canine degenerative myelopathy that resembles amyotrophic lateral sclerosis.” Proceedings of the National Academy of Sciences 106(8):2794-2799.
- Zeng R, Coates JR, Johnson GC, et al. (2014). “Breed Distribution of SOD1 Alleles Previously Associated with Canine Degenerative Myelopathy.” Journal of Veterinary Internal Medicine 28(2):515-521.
- Orthopedic Foundation for Animals (OFA), “Degenerative Myelopathy”
- 日本獣医師会雑誌「変性性脊髄症と診断したシェットランド・シープドッグの1例」72(1):43
- アニコムホールディングス「イヌの致死性遺伝性疾患『変性性脊髄症(DM)』撲滅に向けさらに前進」ニュースリリース(2024年1月9日)
- 名古屋大学「イヌ変性性脊髄症の原因となるSOD1タンパク質の種特異的な凝集メカニズムを解明」研究成果情報
- 岐阜大学動物病院神経科「変性性脊髄症(DM)の研究」(鹿児島大学共同獣医学部臨床病理学研究室との共同研究)
- OFA「Degenerative Myelopathy Risk Modifier (DMRM)」
検査で調べるには
ペットのDNA検査には遺伝性疾患のキャリア(保因)やリスク指標を含むものがありますが、結果は「情報」であって診断ではありません。気になる症状や確定診断が必要な場合は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
この記事で扱う 変性性脊髄症 (SOD1) を、各サービスが検査対象として明記しているかを、お住まいの地域別にまとめました(✅=対象/❓=要確認(公式に明記なし)/❌=対象外)。
日本国内にお住まいの方
日本国外にお住まいの方
※ キットの購入・国際配送が可能でも、検体の返送・解析・結果受領といったサービス提供が居住国で受けられる保証はありません。各サービスの「サービス提供」地域と返送方法を注文前に必ずご確認ください。
その他の国・地域で提供されているサービス(お住まいの地域では入手できない場合があります)
健康・症状が心配な方へ — 獣医師への相談
遺伝性疾患の確定診断や治療方針は、検査キットではなく獣医師が判断します。以下は公的な相談先です。
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