ブルマスティフと犬の多発性網膜症(CMR1)|BEST1遺伝子検査でわかること・わからないこと

ブルマスティフ 犬多発性網膜症 CMR1 BEST1 日本語

結論:ブルマスティフに見られる犬多発性網膜症1型(cmr1)は、BEST1遺伝子の変異(c.73C>T、p.Arg25Ter)による常染色体劣性の眼の特徴です。網膜色素上皮にできる水疱様の多発性病変は生後まもなく現れることが多いものの、通常は軽症・非進行性で視力は概ね保たれ、失明疾患ではありません。キャリア(1コピー)は臨床的に正常です。DNA検査が示すのはclear/carrier/affectedという遺伝的状態であって診断ではなく、実際の網膜病変の有無は獣医眼科医が眼底検査で確認します。

CMRとBEST1とは——RPEのbestrophin-1クロライドチャネル

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アオイアオイ職場の同僚(佐藤さん)のブルマスティフが、ブリーダーから「CMR」の眼の結果を伝えられたそうです。 森下 慧森下 慧それは犬多発性網膜症のことですね。原因はBEST1という遺伝子で、Guziewiczら2007年の研究でブルマスティフが原記載品種の一つとされました。

犬多発性網膜症(Canine Multifocal Retinopathy、CMR)は、BEST1という遺伝子の変異によって起こる眼の特徴です。この遺伝子は、bestrophin-1(ベストロフィン1)というタンパク質の設計図にあたります。bestrophin-1は、網膜色素上皮(RPE)——光を感じる感光細胞のすぐ後ろにある支持細胞の層——に存在する「カルシウム活性化クロライド(塩化物)イオンチャネル」です。

イオンチャネルとは、細胞膜を横切ってイオンや水分の出入りを調節する「門」のような仕組みです。RPEは感光細胞に栄養を送り、老廃物や余分な水分を汲み出す縁の下の力持ちですが、その水分・イオンの調節にbestrophin-1が関わっています。ブルマスティフのcmr1では、BEST1の特定の変異(c.73C>T、アミノ酸配列上はp.Arg25Ter=R25X、25番目のアミノ酸で読み取りが途中終了する「早期終止」変異)が原因となります。この変異は常染色体劣性で伝わります(OMIA:001444-9615)。

病変とは何か・なぜ多くは軽症か

アオイアオイ網膜に病変ができると聞くと、どうしても失明を想像してしまいます。 森下 慧森下 慧気持ちはわかります。ですがCMRの病変は水疱様の微小な剥離で、Guziewiczら2007年の記載でも多くは軽症・非進行性とされています。

bestrophin-1の働きが乱れると、RPEと感光層の間で水分やイオンの調節がうまくいかなくなり、両者の間に液体が溜まります。その結果、離散的な(バラバラに散らばった)水疱様・小胞様の微小な剥離ができます。これが眼底検査で見える「多発性(=複数箇所にある)」の淡褐色・ピンク・灰色の病変の正体です。「多発性網膜症」という名前は、この複数の小さな病変が散在する見え方に由来します。

ここが大切な点ですが、これらの病変は若齢(生後およそ11〜16週)で現れることが多いものの、しばしば軽症で非進行性で、視力は概ね保たれます。つまりCMRは、繁殖上意味を持つ網膜所見ではあっても、失明に至る疾患ではありません。なお、この犬のCMRはヒトの「Best卵黄様黄斑ジストロフィー(Best病)」の自然発症動物モデルとして知られ、同じ遺伝子・同じチャネルがヒトの遺伝子治療研究にも用いられています(Guziewicz et al. 2007)。

cmr1 vs cmr2 vs cmr3——亜型が重要

アオイアオイ同じ「CMR」でも、犬種ごとに違うタイプがあるのですか。 森下 慧森下 慧はい。同じBEST1でもcmr1・cmr2・cmr3で変異も品種も異なります。ブルマスティフはcmr1(c.73C>T)で、別品種の亜型とは区別が必要です。

CMRには複数の亜型があり、いずれもBEST1遺伝子に関わりますが、変異の場所も原記載の犬種も異なります。ブルマスティフが該当するのはcmr1です。検査結果を読むときは、どの亜型に対応した検査なのかを確認することが重要です——ブルマスティフに対しては、コトン・ド・テュレアールのcmr2やラップランドハーダーのcmr3ではなく、cmr1の変異を調べる必要があります。

亜型 遺伝子 変異 おもな品種
cmr1 BEST1 c.73C>T(p.Arg25Ter/R25X) 大型マスティフ系(ブルマスティフ など)
cmr2 BEST1 c.482G>A(p.Gly161Asp/G161D) コトン・ド・テュレアール
cmr3 BEST1 c.1388del ラップランドハーダー

clear・carrier・affectedと繁殖

アオイアオイキャリアと言われた犬は、眼に病変が出るのでしょうか。 森下 慧森下 慧いいえ。常染色体劣性なので、病変が出うるのは2コピー持つaffectedのみです。キャリアは臨床的に正常で、子の約半数に変異を伝えます。

cmr1は常染色体劣性で伝わるため、遺伝的状態は3つに分かれます。

  • clear(クリア):変異を持ちません。
  • carrier(キャリア/保因):変異を1コピー持ちますが、臨床的には正常です。眼に病変は出ませんが、交配すると子の約50%に変異を伝えます。
  • affected(アフェクテッド):変異を2コピー持つ遺伝型です。この遺伝型では病変が現れうる(多くは軽症・非進行性・視力は概ね保持)とされます——ただし、実際の網膜病変の有無は獣医眼科医の眼底検査で確認する必要があります

繁殖の観点では、DNA検査は「キャリア×キャリア」の組み合わせを避けるための情報ツールになります。キャリア同士を掛け合わせると、統計的に子の約25%がaffectedの遺伝型になりうるためです。一方で、キャリアを繁殖から一律に排除する必要は必ずしもなく、clearの相手と組み合わせればaffectedの子は生まれません。検査は「排除」ではなく「組み合わせを設計する」ための道具として使えます。

検査でわかること・わからないこと(眼科医が確認)

アオイアオイでは、DNA検査だけで「うちの子は大丈夫」と判断してよいのでしょうか。 森下 慧森下 慧検査が示すのは遺伝的状態であって診断ではありません。実際の病変は眼科検査(ECVO/OFA-Eye)で確認するのが原則です。

DNA検査でわかるのは、その犬がclear・carrier・affectedのどの遺伝的状態かという情報です。これは繁殖計画に役立つ有力なデータですが、診断そのものではありません。遺伝型を示すものであって、いま眼底に病変があるかどうかを示すものではないからです。

実際の網膜病変の有無は、獣医眼科医による眼底検査(ECVOやOFA-Eyeなどの眼科スクリーニング)で確認します。したがって「affectedの遺伝型」という検査結果は、必ず「実際の病変があるかは眼科検査で確認する」とセットで理解するのが正しい向き合い方です。DNA検査は、あくまで情報の提供と繁殖ツール(キャリア×キャリアの回避)としての役割を担います。

なお犬種としてのブルマスティフは、日本ではJKCに登録があり希少ながら飼育され、能動的に活動する国内のブリーダーやクラブも存在します。体格の大きな犬種であることから、一部の自治体では「特定犬」に指定される例(例:札幌市)もあります(Wikipedia: ブルマスティフ)。飼育を検討する際は、こうした地域ごとのルールも確認しておくとよいでしょう。

よくある質問

Q. cmr1(CMR)だと失明しますか?
通常は失明しません。cmr1の病変は水疱様の微小な剥離で、多くは軽症・非進行性であり、視力は概ね保たれます。繁殖上意味を持つ網膜所見ではありますが、失明疾患ではありません。ただし個々の眼の状態は、獣医眼科医の眼底検査で確認してください。

Q. キャリア(保因)の犬を繁殖に使ってはいけませんか?
一律に排除する必要は必ずしもありません。キャリアは臨床的に正常で、clear(変異なし)の相手と組み合わせればaffectedの遺伝型の子は生まれません。避けるべきは「キャリア×キャリア」の交配です。DNA検査は、この組み合わせを避けるための情報ツールとして活用できます。

Q. DNA検査で「affected」と出たら、もう眼科は受けなくてよいですか?
いいえ。DNA検査が示すのは遺伝的状態であって診断ではありません。「affectedの遺伝型」であっても、実際に網膜病変があるか、その程度はどうかは、獣医眼科医の眼底検査(ECVO/OFA-Eyeなど)で確認する必要があります。

Q. ブルマスティフの検査は、cmr2やcmr3の検査でも代用できますか?
できません。cmr1・cmr2・cmr3は同じBEST1遺伝子でも変異の場所と原記載の犬種が異なります。ブルマスティフに該当するのはcmr1(c.73C>T)なので、cmr1に対応した変異を調べる検査を選ぶ必要があります。

参考文献

題図:ブルマスティフ、撮影 Canarian、CC BY-SA 4.0、Wikimedia Commons(出典)より。

検査で調べるには

ペットのDNA検査には遺伝性疾患のキャリア(保因)やリスク指標を含むものがありますが、結果は「情報」であって診断ではありません。気になる症状や確定診断が必要な場合は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。

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この記事を書いた人

森下 慧

森下 慧

編集・執筆(獣医師ではありません)

分子生物学を学び、受託ゲノム解析ラボでの勤務経験を持つ、犬や猫と暮らす愛好家。獣医師ではなく、査読済みの研究論文と公的機関の一次データを読み解き、「診断ではなく情報」として整理・再構成することに徹しています。

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