結論:グリフォン・ブリュッセルとラフォラ病(NHLRC1遺伝子のドデカマーリピート伸長変異)の関係は、これまでの「対象犬種リスト」の外側から確認された事例です。von Klopmann M 等(2021, Life 11巻7号689頁)は、臨床的にラフォラ病を疑う5頭(チワワ1頭、フレンチ・ブルドッグ2頭、グリフォン・ブリュッセル1頭、雑種1頭)を調べ、いずれもNHLRC1遺伝子のドデカマーリピート伸長を確認しました。これにより、それまで知られていたミニチュア・ワイヤーヘアード・ダックスフンド、ビーグル、ペンブローク・ウェルシュ・コーギー、チワワ以外の犬種でもこの病気が起こりうることが示されています。ところが海外の検査ラボの多くはいまも対象犬種リストにグリフォン・ブリュッセルを載せていません(後述のとおりドイツのLABOGENも同様です)。一方で日本国内のエアデックminiのラフォラ病検査は犬種を問わず「犬」を対象種とする症状ベースの検査で、この点では希少犬種にとってむしろ入り口が広い構造になっています。ラフォラ病は進行性のミオクローヌスてんかんで、現時点で根治法はなく、抗てんかん薬や食事管理による発作コントロールが中心です。この記事は情報提供であり、診断・治療の代わりにはなりません。てんかん様の症状に気づいたら、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
「対象犬種リスト」の外側から見つかった1頭
犬のラフォラ病がはじめて遺伝子レベルで解明されたのはLohi H 等(2005, Science 307巻5706号81頁)です。ヘルシンキ大学などのグループが、イギリスで飼育頭数の5%以上がミオクローヌス様のてんかんを起こすというミニチュア・ワイヤーヘアード・ダックスフンドを調べ、原因遺伝子EPM2B(現在のNHLRC1)に12塩基(ドデカマー)配列の異常な繰り返しを発見しました。健康な犬ではこの配列が2〜3回しか繰り返されないのに対し、罹患犬では19〜26回にまで伸長していたと報告されています。これが世界で初めて確認された、ヒトのラフォラ病と同じ原理を持つ動物モデルでした。
その後、同じNHLRC1のドデカマーリピート伸長は、ビーグル、ペンブローク・ウェルシュ・コーギー、チワワでも次々と報告されていきます。犬種が限られているように見えたこの病気の姿を大きく塗り替えたのがvon Klopmann M 等(2021, Life 11巻7号689頁)です。臨床的にラフォラ病が疑われた5頭——チワワ1頭、フレンチ・ブルドッグ2頭、グリフォン・ブリュッセル1頭、雑種1頭——を遺伝子解析したところ、全頭でNHLRC1のドデカマーリピート伸長が確認されました。論文は、この結果がフレンチ・ブルドッグ、グリフォン・ブリュッセル、雑種犬というこれまで報告のなかった犬種・カテゴリでもラフォラ病が起こりうることを示すと結論づけています。
この論文が示唆する最も重要な点は、ドデカマーリピートという変異の性質そのものが「不安定」だということです。世代を経るなかで配列の繰り返し回数が伸びていく現象(リピート不安定性)は、特定の犬種の血統に固定された古い変異とは違い、理論上どの犬種・雑種でも新たに生じうる性質を持っています。「この犬種は報告例がないから安全」という読み方が、他の遺伝性疾患以上に通用しにくいタイプの変異だということです。
中年期に始まる、進行性のミオクローヌスてんかん
犬のラフォラ病は、多くの遺伝性疾患のように子犬期からではなく、中年期(おおむね5〜7歳前後)になってから症状が出はじめる、いわゆる晩発性の病気です。若いうちに検査をしないまま繁殖に使われてしまうリスクが、他の若年発症の遺伝性疾患より高くなる構図がここにあります。
主な症状として報告されているのは、光や音、突然の動きに反応して起こるミオクローヌス様のびくつき、顎をカチカチと鳴らす動作(英語文献では”jaw smacking”や”fly-biting”と表現されます)、パニックに陥ったような発作行動、視覚障害、ふらつき(運動失調)、性格の変化としての攻撃性、そして進行すると尿失禁・便失禁です。神経細胞の中にラフォラ小体と呼ばれる異常な糖原様の物質(不溶性ポリグルコサン)が蓄積し、これが症状を進行させていく病理だと理解されています。
現時点でこの病気を根治する治療法はありません。実務的な対応は、抗てんかん薬による発作管理と、光や急な物音といった発作の誘因になりうる刺激をできる限り避ける生活環境の調整、必要に応じた食事療法の検討が中心になります。診断そのものは、他の神経疾患を除外したうえで遺伝子検査を組み合わせる形で進むのが一般的です。症状が進行性であることを前提に、早い段階でかかりつけの獣医師と治療方針を相談しておくことが、この病気との付き合い方の基本になります。
日本の検査ラボは「犬種」ではなく「症状」で対象を決めている
アオイ国内の検査は犬種で絞られていて、うちは対象外なんですよね。 森下 慧このラフォラ病検査は違います。エアデックminiは犬種を問わず、てんかん症状のある犬全般を対象にしています。MDR1(多剤感受性)遺伝子検査などでは、国内ラボの対象犬種一覧が犬種名で細かく区切られており、そこに載っていない希少犬種は検査導線から外れやすい、という構図がしばしば見られます。ところがラフォラ病の国内検査は、この構図が当てはまりません。
国内で犬のラフォラ病(Epm2b遺伝子変異検査)を扱うエアデックminiは、公式ページで対応種を単に「犬」とだけ記載しています。検査対象の説明も「てんかん発作(ミオクローヌス)を繰り返す犬等」という症状ベースの表現で、犬種名による線引きは示されていません。これは、犬種を明記したうえで対象を絞り込む多くの検査メニューとは異なる設計です。
検体は全血0.5ml以上をヘパリンまたはEDTA入りの採血管に入れ、冷蔵で保管・送付する形式で、報告日は受付日から2〜5日後と明記されています。結果は「変異遺伝子ホモ接合体(発症の変異あり)」「ヘテロ接合体(キャリアだが発症なし)」「野生型(変異なし)」の3区分で判定されます。注意点として、この検査はEpm2b(NHLRC1)遺伝子の変異のみを対象としており、ヒトで報告のあるEpm2a遺伝子由来のラフォラ病のような、別の原因による症例までは検出できないと明記されています。
したがって日本の飼い主にとっての実務的な結論は、「対象犬種に載っていないから検査を断られる」という心配を、この病気については過度にする必要はないということです。ただし価格や最新の受付条件は変わりうるため、依頼前にかかりつけの動物病院を通じて確認するのが確実です。
希少犬種としてのグリフォン・ブリュッセル
グリフォン・ブリュッセルは、ジャパンケネルクラブ(JKC)によれば原産国ベルギー、体重3.5〜6kgほどの小型のコンパニオン・ドッグです。19世紀にキング・チャールズ・スパニエルやパグの血統を取り入れて改良され、1883年にベルギーのケネルクラブでスタンダードが初めて登録された、比較的長い歴史を持つ犬種です。
一方で、日本国内での飼育頭数は多くありません。JKCの犬籍登録データを整理したWePetの記事によれば、2024年度の犬種別犬籍登録頭数でブリュッセル・グリフォンは107頭で全139犬種中65位と紹介されています。同年トップのプードル(トイ・ミニチュア・ミディアム・スタンダード合計76,543頭)と比べると2桁以上少ない、明確な希少犬種という位置づけです(近縁のベルジアン・グリフォンはさらに少なく紹介されています)。
107頭という数字の裏には、繁殖という観点で無視できない事情があります。年間の新規登録が2桁台の犬種は、国内で選べる繁殖ペアの母数そのものが少なく、限られた血統内での交配が繰り返されやすいため、まれな変異でも次の世代に伝わりやすい土壌になりえます。ラフォラ病のような晩発性疾患はここで特に不利に働きます——発症するのは早くて5歳、繁殖のピークはそれより手前に来ることが多いため、「まだ発症していない」個体が検査なしで繁殖に使われてしまう窓が構造的に長いのです。国内のブリーダー数自体が少ないグリフォン・ブリュッセルでは、この窓の長さが希少犬種特有のリスクとして重なります。遺伝子検査を親に義務づける法令は日本に存在しないため、子犬を迎える側が両親のラフォラ病検査結果を尋ねることが、実務上ほぼ唯一のチェック手段になります。
海外ラボへ検体を郵送するという選択肢
アオイ海外に検査を頼むのは、なんだかハードルが高そうです。 森下 慧LABOGENなら103ユーロ、14〜21営業日で結果が出ます。ただし血液サンプル限定という制約があります。国内での検査に加えて、選択肢の幅を広げる意味で海外ラボを比較しておきます。ドイツのLABOGENが公開しているラフォラ病(Lafora-Epilepsie)検査の対象犬種一覧には、バセット・ハウンド、ビーグル、カーディガン・ウェルシュ・コーギー、チワワ、各種ダックスフンド、フレンチ・ブルドッグ、ニューファンドランド、ウェルシュ・コーギー各種が並びますが、グリフォン・ブリュッセルはこの一覧に含まれていません。前述の2021年の研究がフレンチ・ブルドッグとグリフォン・ブリュッセルを同じ論文内で並べて報告しているにもかかわらず、海外の対象犬種リストへの反映には犬種ごとに差があることがわかります。
費用は一般の飼い主向けで103ユーロ、ブリーダー向けで80ユーロ、所要日数は14〜21営業日と公開されています。1ユーロ180円換算では、一般向けの価格はおよそ18,500円前後になります。検体は「特殊スワブ(eNAT)」も選択肢として案内されていますが、同ページには「ラフォラ病の遺伝子検査は血液サンプルでのみ実施可能」という注記があり、実際にはEDTA血液での提出が前提になる点に注意が必要です。
海外ラボへ直接申し込む場合、決済はVisa/Mastercard等の国際ブランドのクレジットカードが基本で、国内のQR決済は使えません。カード会社の海外事務手数料(おおむね1.6〜2.2%程度)と為替変動が上乗せされることも見込んでおいてください。血液検体の国際郵送では、発送前に内容品の申告方法を郵便局または配送業者の案内で確認する必要があります。価格・対象犬種・所要日数は変わりうるため、依頼前に必ず各社公式ページで最新の条件をご確認ください。
国内のVEQTAでは、この犬種のメニューにラフォラ病はまだ無い
国内の民間検査サービスにも触れておきます。VEQTAの犬 遺伝性疾患DNA検査は犬種別メニュー方式を採っており、犬種ごとにあらかじめ選べる検査項目が決まっています。グリフォン・ブリュッセルのページで選択できる項目は「DM(変性性脊髄症)」のみで、ラフォラ病は選択肢に含まれていません(2026年9月時点)。同社の価格表によれば、税込価格は1項目4,950円、2項目9,350円、3項目13,200円、4項目16,500円という段階制ですが、この犬種では1項目のみが対象のため4,950円の扱いになります。
つまり現状、グリフォン・ブリュッセルがラフォラ病の検査を国内で受ける現実的な経路は、動物病院を通じたエアデックminiへの依頼、または海外ラボへの直接申し込みの2つに絞られるということです。VEQTAのような犬種別メニュー型のサービスが将来的にラフォラ病を追加する可能性はありますが、現時点のメニュー構成は変わりうるため、利用前に公式サイトで最新情報を確認してください。
ペット保険は「遺伝子検査」と「治療費」を分けて考える
アオイペット保険に入っていれば、検査費用も出ますよね。 森下 慧遺伝子検査は予防目的として対象外が通例です。約款の先天性疾患免責条項も治療費適用前に確認が必要です。アニコム損害保険やアイペット損害保険といった国内のペット保険で、ラフォラ病がどう扱われるかを具体的に見ておきます。まずNHLRC1遺伝子検査そのものの費用は補償の対象になりません。予防・体質確認のための検査は、健康診断やワクチンと並んで多くの約款で除外されているためです。これはグリフォン・ブリュッセルに限った話ではなく、遺伝性疾患の検査全般に共通する扱いです。
一方、発作が実際に起きたあとの抗てんかん薬・検査・入院費用は、「病気の治療」として補償の枠に入りうる部分です。ただしここで効いてくるのが先天性・遺伝性疾患の免責条項です。ラフォラ病は単一遺伝子疾患であることが遺伝子レベルで証明されているため、保険会社によっては「遺伝性疾患に起因する治療」として除外対象に分類する可能性があります。除外の範囲や表現は保険会社ごとに異なるため、契約前に「ラフォラ病」という病名そのものを挙げて問い合わせ窓口に確認するのが確実です。加えて、契約開始からおおむね30日前後の待機期間中に生じた症状は対象外になる点、加入前にすでに検査結果や症状が出ている場合は告知義務が生じる点も、契約前に押さえておくべきポイントです。
受診導線——かかりつけから、神経科の二次診療へ
グリフォン・ブリュッセルはまだNHLRC1変異の報告例が1頭に留まる犬種のため、かかりつけの獣医師にとっても「初めて聞く犬種×ラフォラ病」の組み合わせになりがちです。だからこそ、平時のうちに「グリフォン・ブリュッセルにもラフォラ病の報告がある」という情報自体をカルテに残してもらうことに意味があります。犬種名だけでは連想されにくい病気だからこそ、飼い主側からの一言が診断の手がかりになります。
顎をカチカチ鳴らす動作や、光・音に反応した瞬間的な痙攣、パニックのような行動が繰り返し見られたら、症状が起きているその場でスマートフォンの動画を撮っておいてください。ミオクローヌスは診察室では再現されないことが多く、映像がそのまま診断材料になります。発作の回数が増える、脳波検査やMRIが必要になるといった段階に進んだ場合は、大学附属の動物医療センターや神経科を掲げる二次診療施設への紹介状をかかりつけ経由で用意してもらう流れになります。
なお、遺伝子検査の結果は「発作の予測」ではなく「診断と繁殖判断の材料」です。変異が確認されても発症時期や進行の速さを正確に予言するものではなく、逆に検査を受けていなくても中年期以降にミオクローヌス様の症状が出た場合は、この病気を鑑別診断のひとつとして獣医師と共有する価値があります。
よくある質問
Q. グリフォン・ブリュッセルはラフォラ病の「対象犬種」として広く知られていますか。
まだ広く知られているとは言えません。von Klopmann M 等(2021)が5頭中1頭として報告した比較的新しい知見で、海外の主要検査ラボの対象犬種一覧にもまだ反映されていない場合があります。
Q. 日本国内でこの犬種の検査を断られることはありますか。
可能性は低いと考えられます。国内のエアデックminiのラフォラ病検査は対応種を「犬」とのみ記載しており、犬種名による線引きを設けていません。ただし条件は変わりうるため、依頼前にかかりつけの動物病院を通じて確認してください。
Q. 何歳から検査を受けるべきですか。
遺伝子型は生涯変わらないため、年齢の制約は基本的にありません。この病気は中年期以降に発症する晩発性のため、症状が出る前の若いうちに検査しておくことが、繁殖計画や今後の健康管理に役立ちます。
Q. ヘテロ接合体(キャリア)と判定されたらどうすればよいですか。
エアデックminiの説明によれば、キャリア個体はEpm2b遺伝子によるラフォラ病を発症しません。ただし将来の繁殖では、同じ変異を持つ相手との交配を避けることが、発症個体を増やさないための基本的な考え方になります。
Q. 検査でヘテロ・野生型と判定されれば、てんかんの心配はもう不要ですか。
そうとは言えません。エアデックminiの検査はEpm2b(NHLRC1)遺伝子の変異のみを対象としており、それ以外の原因によるてんかんの可能性までは否定できません。てんかん様の症状が見られた場合は、検査結果にかかわらず獣医師の診察を受けてください。
Q. 海外ラボと国内ラボ、どちらを選ぶべきですか。
一律の正解はありません。国内のエアデックminiは報告日数が短く国内発送で完結する一方、費用は病院ごとの見積りになります。ドイツのLABOGENは費用が明示されていますが日数がやや長く、国際発送と海外決済の手間があります。かかりつけの獣医師と相談のうえで選ぶのが現実的です。
参考文献
- Lohi H, Young EJ, Fitzmaurice SN, et al. Expanded repeat in canine epilepsy. Science. 2005;307(5706):81. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15637270/
- von Klopmann M, Ahonen S, Espadas-Santiuste I, et al. Canine Lafora Disease: An Unstable Repeat Expansion Disorder. Life. 2021;11(7):689. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8304204/
- LABOGEN. Lafora disease(犬の遺伝子検査). https://labogen.com/en/genetic-diseases-dog/lafora-disease/
- エアデックmini. ラフォラ病遺伝子変異検査(Epm2遺伝子変異検査). http://airdec.jp/lafora.html
- 株式会社VEQTA. 犬の遺伝性疾患のDNA検査. https://www.veqta.jp/service/dog-test/
- 株式会社VEQTA. 遺伝性疾患検査の料金. https://www.veqta.jp/kensaprice/
- ジャパンケネルクラブ. ブリュッセル・グリフォン. https://www.jkc.or.jp/breeds/brussels-griffon/
- WePet. 犬種別登録数(ジャパンケネルクラブ). https://www.wepet.jp/knowledge/8554/
検査で調べるには
ペットのDNA検査には遺伝性疾患のキャリア(保因)やリスク指標を含むものがありますが、結果は「情報」であって診断ではありません。気になる症状や確定診断が必要な場合は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
この記事で扱う ラフォラ病 (NHLRC1) を、各サービスが検査対象として明記しているかを、お住まいの地域別にまとめました(✅=対象/❓=要確認(公式に明記なし)/❌=対象外)。
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