結論:ボーダー・コリーはコリー眼異常(CEA)の原因変異(NHEJ1 遺伝子の欠失)を持ちますが、その変異アレル頻度は約6〜8%と、ラフコリーの数十%〜8割超に比べて桁違いに低いことが報告されています(Grosås 2018; Lerdkrai 2022)。しかし「見た目がコリー系だから安心/危険」と外見で判断はできません。DNA検査でわかるのはあくまで遺伝的な体質・キャリアかどうか・繁殖上の情報であり、臨床診断そのものではありません。診断は獣医眼科医による眼底検査で行うため、DNA検査と眼科検査の併用が最も確実です。
CEA(コリー眼異常)とNHEJ1 の欠失とは
コリー眼異常(CEA, Collie Eye Anomaly)は、イヌ第37染色体上にある NHEJ1 遺伝子の intron 4 に生じた約7,799 bp の欠失が原因とされる遺伝性の眼疾患です(Parker 2007; Lowe 2003)。遺伝形式は常染色体劣性で、原因変異を父母両方から受け継いだ個体(ホモ接合)が affected になります。主な病変は脈絡膜低形成(CH, choroidal hypoplasia)で、眼底の背側耳側に好発します。CH は軽症でありながら CEA を持つ犬にほぼ必発とされ、CEA の中核的な所見です。重症端になると視神経コロボーマ・網膜剥離・小眼球症などがみられますが、これらの頻度は低いことが知られています(OMIA:000218-9615)。
ボーダー・コリーでの頻度と遺伝子型と臨床の一致度
アオイコリーって名前が付くと、どの犬種も同じくらい危ないんですか? 森下 慧いいえ、犬種で頻度が全然違います。タイの調査ではボーダーコリーの変異アレル頻度は7.8%でした(Lerdkrai 2022)。「コリー」という名を共有していても、CEA 原因変異の頻度は犬種で大きく異なります。Lerdkrai(2022, タイ)の調査では、変異アレル頻度はラフコリー83.3%(ホモ66.7%, n=21 の小規模)に対し、ボーダーコリーは7.8%、オーストラリアン・シェパード5.1%、シェルティ2.8%でした。ノルウェーの子犬103頭を対象にした Grosås(2018)でもボーダーコリーの変異アレル頻度は約6.3%と、ラフコリーと比べ桁違いに低い水準です。さらに Grosås(2018)は、ボーダーコリーでは NHEJ1 遺伝子型と臨床的な CH の一致度が良好だったと報告しています。一方でラフコリーを扱った Fredholm(2016)は遺伝子型と臨床が一致しない例を示し、この欠失が因果変異ではなく連鎖したマーカーである可能性を指摘しました。つまり欠失は「標準的な検査対象・最も多く関連が報告された変異」ですが、因果については議論があり、犬種によって検査の一致度が異なる点に注意が必要です。
脈絡膜低形成から重症病変まで:重症度は遺伝子型と相関しない
アオイホモ接合だとわかったら、必ず失明するほど重くなるんですか? 森下 慧そうとは限りません。研究では重症度は遺伝子型と相関せず、ホモでも軽症のことがあると報告されています(OMIA:000218-9615)。CEA の病変は幅があります。最も軽く、かつほぼ必発なのが脈絡膜低形成(CH)で、多くの affected 犬はこの CH のみにとどまります。重症端には視神経コロボーマ・網膜剥離・小眼球症があり、これらは視覚に影響し得ますが頻度は低いと報告されています(Parker 2007; OMIA:000218-9615)。重要なのは、重症度が遺伝子型と相関しないという点です。原因変異をホモで持つ個体でも軽症(CH のみ)にとどまることがあり、逆に遺伝子型だけから将来の重症度を予測することはできません。なお、ラフコリーの CH 有病率を「米英70〜97%/スウェーデン68%」とする数値が繁殖者向け資料で流布していますが、これは一次ソース未確認の二次情報であり、査読論文ではない点に留意してください。
“go normal”(マスキング)現象と眼科検査のタイミング
アオイ友人の犬は子犬のとき眼科で異常なしでした。もう安心でいいですよね? 森下 慧油断は禁物です。色素が増えて所見が隠れる”go normal”現象が知られ、眼科検査は色素沈着前が推奨されています。CEA の眼科検査には注意すべき「go normal(マスキング)」現象があります。幼犬期は網膜色素上皮の色素沈着が進む前のため CH が観察しやすいのですが、成長して色素が増えると軽度の CH が隠れて(マスクされて)しまい、後の検査で「正常」に見えてしまうことがあります。そのため眼科検査は色素沈着前、目安として生後およそ6〜8週の時期に受けることが推奨されます。ただし、後の検査で正常に見えたとしても遺伝的には affected のままである点は変わりません。見た目上の所見が消えても、遺伝的リスクや繁殖上の位置づけが変わるわけではないのです。
DNA検査でわかること/わからないこと
アオイじゃあ結局、DNA検査を受ければ診断まで済むということですか? 森下 慧そこは分けて考えます。DNA検査は遺伝的リスクや繁殖情報を示すもので、臨床診断は獣医眼科医の眼底検査によります。DNA検査でわかるのは、その犬が CEA 原因変異を「持たない(クリア)/1つ持つ(キャリア)/2つ持つ(affected の遺伝子型)」のいずれかという遺伝的な情報です。これは繁殖の組み合わせを考える上での判断材料や、その犬の遺伝的リスクを知るための情報として有用です。とくにボーダーコリーでは遺伝子型と臨床の一致度が高いことが報告されており(Grosås 2018)、検査結果の解釈がしやすい犬種といえます。一方で、DNA検査は臨床診断ではありません。実際に眼にどのような病変があるか、視覚にどの程度影響しているかは、獣医眼科医(ACVO/BVA/ECVO などのスキーム)による眼底検査で評価します(OFA)。したがってベストな進め方は、DNA検査と眼科検査を併用し、遺伝的情報と実際の眼の状態の両面から把握することです。CEA そのものを治す方法はなく、本記事は情報提供を目的としています。具体的な診断や対応は獣医眼科医にご相談ください。
よくある質問
Q. ボーダー・コリーはラフコリーと同じくらい CEA になりやすいのですか?
いいえ。報告されている変異アレル頻度はボーダーコリーが約6〜8%(Grosås 2018; Lerdkrai 2022)で、ラフコリーの数十%〜8割超に比べ桁違いに低い水準です。ただし頻度が低くても変異を持つ個体は存在するため、外見だけで判断はできません。
Q. DNA検査でホモ接合とわかったら、必ず視覚障害が出ますか?
必ずとは限りません。重症度は遺伝子型と相関せず、原因変異をホモで持っていても軽症(脈絡膜低形成のみ)にとどまることがあると報告されています(OMIA:000218-9615)。遺伝子型だけから重症度は予測できません。
Q. 子犬のときの眼科検査で異常がなければもう安心ですか?
色素沈着が進むと軽度の所見が隠れる「go normal(マスキング)」現象が知られています。眼科検査は色素沈着前(目安は生後約6〜8週)が推奨され、後で正常に見えても遺伝的には affected のままです。
Q. DNA検査を受ければ眼科検査は不要になりますか?
いいえ。DNA検査は遺伝的リスクや繁殖判断のための情報であり、臨床診断ではありません。実際の眼の状態は獣医眼科医の眼底検査で評価するため、両者の併用が最も確実です。
参考文献
- Lowe JK et al. (2003) Linkage mapping of the primary disease locus for collie eye anomaly. Genomics 82(1):86-95. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0888754303000788
- Parker HG et al. (2007) Breed relationships facilitate fine-mapping studies: a 7.8-kb deletion cosegregates with Collie eye anomaly across multiple dog breeds. Genome Research 17(11):1562-1571. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2045139/
- Fredholm M et al. (2016) Discrepancy in compliance between the clinical and genetic diagnosis of choroidal hypoplasia in Danish Rough Collies and Shetland Sheepdogs. Animal Genetics 47(2):250-252. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26732749/
- Grosås S et al. (2018) Compliance between clinical and genetic diagnosis of choroidal hypoplasia in 103 Norwegian Border Collie puppies. Veterinary Ophthalmology 21(4):371-375. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29111596/
- Lerdkrai C & Phungphosop N (2022) A novel multiplex PCR assay for the genotypic survey of the NHEJ1 gene associated with Collie eye anomaly in Thailand. Veterinary World 15(1):132-139. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8924400/
- OMIA:000218-9615 Collie eye anomaly in Canis lupus familiaris. https://omia.org/OMIA000218/9615/
- OFA — Collie Eye Anomaly. https://ofa.org/collie-eye-anomaly/
検査で調べるには
ペットのDNA検査には遺伝性疾患のキャリア(保因)やリスク指標を含むものがありますが、結果は「情報」であって診断ではありません。気になる症状や確定診断が必要な場合は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
この記事で扱う コリー眼異常 (CEA/NHEJ1) を、各サービスが検査対象として明記しているかを、お住まいの地域別にまとめました(✅=対象/❓=要確認(公式に明記なし)/❌=対象外)。
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