ジャックラッセルテリアの原発性水晶体脱臼(PLL/ADAMTS17)|研究データで見るリスクと早期眼科検査

ジャックラッセルテリア 原発性水晶体脱臼 ADAMTS17 日本語

結論:ジャックラッセルテリアは、ADAMTS17遺伝子の変異(c.1473+1G>A、常染色体劣性)による原発性水晶体脱臼(PLL)が最初に報告された3犬種の一つです。2コピーを持つ個体(affected/at-risk)が最も高リスクですが、1コピーのキャリアも「通常は臨床的に正常」でありながら、小さいながら発症が報告されています。急性の前方脱臼は続発緑内障・失明につながる眼科の救急です。遺伝子検査でわかるのは遺伝的リスクと繁殖情報であり、臨床診断ではありません。検査は早期眼科検査のきっかけであって、獣医眼科医の診察を置き換えるものではありません。

PLLとADAMTS17とは

本ページはアフィリエイト広告を含みます。以下は、公開された査読済みの研究エビデンスを横断的に整理した情報提供であり、診断・治療・予防を目的としたものではありません。気になる症状や健康上の判断は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
アオイアオイ叔母のジャックラッセルがPLLと聞いて、正直ピンと来なくて。 森下 慧森下 慧水晶体を吊る「チン小帯」が変性・断裂して水晶体がずれる病気です。Farias et al. 2010がADAMTS17変異を同定しました。

原発性水晶体脱臼(PLL: Primary Lens Luxation)は、眼の中でレンズの役割を果たす水晶体が、本来の位置から外れてしまう遺伝性の眼疾患です。水晶体は「チン小帯(ちんしょうたい、zonules)」と呼ばれる細い線維で眼の中に吊り下げられています。ADAMTS17という遺伝子は、このチン小帯を構成するフィブリリン微小線維の構築・維持に関わる酵素をコードしています。

ADAMTS17に変異があると、この酵素が正常に働かず、チン小帯が徐々に変性・断裂していきます。ジャックラッセルテリアでのPLLの原因は、ADAMTS17のスプライス変異 c.1473+1G>A で、遺伝様式は常染色体劣性です(OMIA:000588-9615)。この変異は2010年にFariasらによって最初に同定され(Invest Ophthalmol Vis Sci)、その後Gouldら(2011年)により複数の犬種への広がりが報告されました。

ジャックラッセルでどれくらい多いのか

アオイアオイうちの叔母の犬種で、そんなに珍しくないんですか? 森下 慧森下 慧Paw Print Geneticsの1,407頭のデータでは、at-riskが合計38.2%。決して珍しい変異ではありません。

ジャックラッセルテリアは、ミニチュアブルテリア・ランカシャーヒーラーと並んで、ADAMTS17-PLLが最初に発見された3犬種の一つです。日本でも定着した人気の使役・伴侶テリアで、犬種の基本情報はJKC(ジャパンケネルクラブ)の犬種ページで確認できます。

変異の保有頻度について、Paw Print Genetics社が公開しているジャックラッセルテリアの検査データ(n=1,407)では、キャリア(1コピー保有)が36.6%、affected(2コピー保有)が1.6%、両者を合わせたat-risk(変異を1つ以上持つ個体)が合計38.2%と報告されています。つまり、検査を受けた個体の約3頭に1頭以上が何らかの形で変異を持っていた計算になります。

症状・進行と「救急」

アオイアオイ何歳くらいから気をつければいいんでしょう? 森下 慧森下 慧Cornell Riney Centerによれば発症は概ね3〜8歳。前方脱臼は激痛の救急で、未治療なら数時間〜数日で失明しうります。

ADAMTS17変異によるチン小帯の変性・断裂は、多くの場合3〜8歳の間に進行します。チン小帯が十分に断裂すると、水晶体が本来の位置から脱臼します。脱臼には後方(硝子体側)へずれる場合と、前方(角膜側)へずれる場合があります。

特に危険なのが前方脱臼です。水晶体が前方に落ちると、眼内の房水(ぼうすい)の排出経路を妨げ、眼圧が急上昇して続発緑内障を引き起こします。これは激しい痛みを伴う眼科の救急事態であり、Cornell大学Riney Canine Health Centerによれば、未治療のまま放置すると数時間から数日で失明しうるとされています。眼の充血・白濁・強い痛み・急な視力低下などが見られたら、ただちに獣医師の診察を受けてください。

clear・carrier・affectedと繁殖

アオイアオイキャリアなら発症しないと考えていいんですか? 森下 慧森下 慧そこは正確に。Gould 2011やCornellはキャリアでも低率で発症が報告と述べ、不完全浸透とされます。「決して発症しない」とは言えません。

遺伝子検査の結果は、次の3つの遺伝型として返ってきます。これらは遺伝型であって臨床診断ではありません

遺伝型 表記 意味 PLL発症リスク
クリア N/N(clear) 変異を持たない この変異による発症リスクは基本的にない
キャリア N/PLL(carrier) 変異を1コピー保有 通常は臨床的に正常だが、小さいながら報告された発症リスクを持つ(不完全浸透)
affected / at-risk PLL/PLL 変異を2コピー保有 最も高リスク。生涯の眼科モニタリングが必要

常染色体劣性の疾患は、通常「変異を2コピー持つ個体だけが発症する」と説明されます。しかしPLLでは、Gouldら(2011年)やCornell大学の情報が示すように、1コピーのみのキャリアでも低率でPLLの発症が報告されており、不完全浸透(incomplete penetrance)を示すと考えられています。したがって「キャリアは決して発症しない」と断定することはできません。正しい理解は、「2コピーのaffected/at-riskが最も高リスク、1コピーのキャリアは通常は臨床的に正常だが、小さいながら報告された発症リスクを持つ」というものです。

繁殖の観点では、キャリア同士やキャリア×affectedの交配はaffectedの子を生む可能性があるため、遺伝型を把握して計画的に組み合わせを選ぶことがリスク低減につながります。affected/at-riskの個体、そして理想的にはキャリアも、生涯にわたる眼科モニタリングが望まれます。

検査でわかること・わからないこと

アオイアオイ検査を受ければ、もう安心と思っていいですか? 森下 慧森下 慧いいえ。OMIAに登録されたこの変異の有無はわかりますが、いつ・どちら向きに脱臼するかは示せません。診断は眼科医の役割です。

ADAMTS17のPLL遺伝子検査でわかるのは、c.1473+1G>A変異を何コピー持っているか(clear / carrier / affected–at-risk)という遺伝的な情報です。これは繁殖計画の判断材料になり、また「早期に眼科検査を受けるべきかどうか」を考えるきっかけになります。

一方で、検査だけではわからないこともあります。チン小帯が現在どの程度変性しているか、いつ脱臼が起こるか、後方・前方どちらに脱臼するか、といった臨床の状態は遺伝子検査では判定できません。これらの診断・経過観察・管理は、細隙灯(さいげきとう)検査などを行う獣医眼科医(ECVO専門医やOFA-Eye/ECVO眼科検査)の役割です。遺伝子検査は眼科検査を補完するものであって、置き換えるものではありません。検査結果を「行動につながる情報」と「早期の眼科受診のきっかけ」として活用してください。

よくある質問

Q. キャリア(N/PLL)なら発症しないと考えて大丈夫ですか?
いいえ。キャリアは通常は臨床的に正常ですが、Gould 2011やCornellの情報では低率での発症が報告されており(不完全浸透)、「決して発症しない」とは言えません。念のため定期的な眼科チェックが望まれます。

Q. 発症するのは何歳くらいですか?
Cornell大学Riney Canine Health Centerによれば、チン小帯の断裂と脱臼は概ね3〜8歳の間に進行することが多いとされています。ただし個体差があり、この年齢範囲は目安です。

Q. 急に眼が痛そう・白く濁ってきた場合はどうすればいいですか?
前方への水晶体脱臼は続発緑内障を起こし、激しい痛みと失明のリスクを伴う眼科の救急です。未治療だと数時間〜数日で失明しうるため、ただちに獣医師・眼科の診察を受けてください。

Q. 遺伝子検査を受ければ眼科検査は不要になりますか?
なりません。遺伝子検査は変異の有無(遺伝的リスク)を示すもので、臨床診断ではありません。affected/at-riskの個体、理想的にはキャリアも、獣医眼科医による生涯のモニタリングが必要です。検査は眼科検査を補完し、置き換えません。

参考文献

題図:ジャックラッセルテリア、撮影 Bernt Rostad from Oslo, Norway、CC BY 2.0、Wikimedia Commons(出典)より。

検査で調べるには

ペットのDNA検査には遺伝性疾患のキャリア(保因)やリスク指標を含むものがありますが、結果は「情報」であって診断ではありません。気になる症状や確定診断が必要な場合は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。

日本国内にお住まいの方

Pontely 犬の遺伝子検査
カホテクノ 遺伝子検査
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岐阜大学・鹿児島大学 DM(SOD1) 検査
アニコム DM(SOD1) 検査

日本国外にお住まいの方

Embark (Breed + Health)
Cheek swab; multi-condition health panel that includes MDR1 and DM (SOD1).
Basepaws Dog DNA
Dog health panel includes MDR1. DM (SOD1): verify on the product page.
Orivet
Standalone tests incl. MDR1 (ivermectin sensitivity) and Degenerative Myelopathy (DM). Serves many countries.
Paw Print Genetics
Clinical-grade lab; standalone MDR1. Other conditions incl. DM: verify on the product page.

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遺伝性疾患の確定診断や治療方針は、検査キットではなく獣医師が判断します。以下は公的な相談先です。

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この記事を書いた人

森下 慧

森下 慧

編集・執筆(獣医師ではありません)

分子生物学を学び、受託ゲノム解析ラボでの勤務経験を持つ、犬や猫と暮らす愛好家。獣医師ではなく、査読済みの研究論文と公的機関の一次データを読み解き、「診断ではなく情報」として整理・再構成することに徹しています。

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