イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルの悪性高熱症(RYR1遺伝子)とは|麻酔だけでなく運動でも起きた1987年からの記録

イングリッシュ・スプリンガー・スパニエル 日本語

結論:イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルの悪性高熱症(malignant hyperthermia/原因遺伝子 RYR1)は、麻酔をかけたときだけ表に出る体質です。この犬種が特別なのは、麻酔薬による典型例だけでなく、運動だけで似た発作を起こした症例が1987年から報告されている点にあります。Rand と O’Brien(1987, J Am Vet Med Assoc)は、軽い運動の後に高体温・呼吸促迫を起こした1頭が、悪性高熱症の診断に使うカフェイン・ハロタン筋収縮試験で陽性だったと報告しました。Thrift 等(2017, Veterinary Medicine: Research and Reports)はさらに、血縁関係にある4頭のオスが同様に運動後の高体温・虚脱を起こした症例をまとめ、全頭がオスだったことから性染色体劣性という、RYR1の常染色体優性とは異なる遺伝形式の可能性を指摘しています。つまりこの犬種では、麻酔室だけでなく、暑い日の運動という日常の場面にも注意が要るということです。麻酔中の最初のサインは体温ではなく呼気の二酸化炭素、治療薬はダントロレンですが、国内の動物病院に常備されている前提では考えられません。この記事は情報提供であり、診断・治療の代わりにはなりません。手術・麻酔・激しい運動をさせる予定があるなら、必ずかかりつけの獣医師に相談してください。

悪性高熱症とは何か——麻酔で初めて表に出る体質

本ページはアフィリエイト広告を含みます。以下は、公開された査読済みの研究エビデンスを横断的に整理した情報提供であり、診断・治療・予防を目的としたものではありません。気になる症状や健康上の判断は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
アオイアオイうちのスプリンガー、ドッグランで走り回るのが大好きなんですが、大丈夫でしょうか。 森下 慧森下 慧走ること自体は問題ありません。ただこの犬種は運動でも似た発作が起きた報告があり、そこが他の犬種と違う点です。

骨格筋の細胞内には、収縮の号令とともにカルシウムを放出し、収縮が終われば速やかに回収するリアノジン受容体1型(RyR1)という仕組みが組み込まれています。この回収弁に相当する部分にRYR1遺伝子の特定変異があると、揮発性吸入麻酔薬に触れた瞬間に弁が閉じなくなり、カルシウムが流出し続けて筋肉が収縮しっぱなしになるという暴走が起こります。収縮を続ける筋肉は酸素と糖を燃やし続けるため、産熱と二酸化炭素の産生が制御を失って跳ね上がる——これが悪性高熱症の実体です。

ここでイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルの飼い主に押さえてほしいのは、Merck Veterinary Manual(飼い主向けページ)がこの犬種を報告犬種のひとつに数えているという事実そのものより、この体質は平時にはまったく症状を出さないという性質です。散歩の様子も食欲も血液検査の数値も、麻酔や激しい運動という引き金に触れるまでは健康な犬と見分けがつきません。だからこそ「治療する対象」ではなく「事前に共有しておく情報」として扱うのが実務的です。

イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルで最初に見つかった符合——1987年の症例

この犬種の記録をたどると、犬の悪性高熱症の原因遺伝子 RYR1 が特定される2001年より14年も前に、すでに関連する症例が報告されています。Rand と O’Brien(1987, Journal of the American Veterinary Medical Association 190巻8号 1013-1014頁)が報告した1頭のイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルは、中程度の運動をしただけで強い乳酸血症・呼吸促迫・高体温を起こしました。

この犬は運動負荷をかける前の検査でも、血清筋酵素の上昇・軽度の網赤血球増加・赤血球浸透圧脆弱性の異常な増加という所見を示しており、悪性高熱症の感受性を調べる標準的な検査であるカフェイン・ハロタン筋収縮試験でも陽性でした。麻酔薬を投与したわけではなく、運動だけで悪性高熱症に一致する代謝の暴走が起きたという点が、この症例の重要さです。

2017年の追跡調査——4頭の血縁とオスだけという偏り

アオイアオイ運動だけで似た発作が起きるなら、麻酔より怖い気がします。 森下 慧森下 慧Thrift等(2017)の4例は全頭オスでした。麻酔とは違う遺伝の仕方をしている可能性が示されています。

1987年の1例が偶然ではなかったことを示したのが、Thrift, Wimpole, Child, Brown, Gandolfi, Malik(2017, Veterinary Medicine: Research and Reports 8巻 59-68頁)です。この研究は、血縁関係にある4頭の若いオスのイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルを対象に、軽度から中程度の運動の後に頻呼吸と高体温が現れ、そのあと脱力や虚脱(出血を伴う場合もあり)に進んだ一連の症例をまとめています。

研究チームはこの病態を「運動誘発性高体温症候群(canine stress syndrome)」と呼び、診断所見や遺伝形式を検討しました。ここで注目すべきは、4頭が全頭オスだったという点です。研究チームはこれを根拠に、性染色体に連鎖した劣性の遺伝形式である可能性を指摘しています。これは、Roberts 等(2001)が確定した RYR1 変異の常染色体優性という遺伝形式とは異なります。つまり、この犬種で報告されている運動誘発型の高体温症候群は、麻酔誘発型の悪性高熱症と臨床像や検査所見は重なりつつも、原因遺伝子や遺伝の仕方が同一とは限らない、別の(あるいは関連するが未解明の)病態である可能性があるということです。研究チームも、積極的な治療をすればすみやかに回復しうると述べています。

2001年にRYR1変異が確定——そして「運動誘発型」との違い

この体質の遺伝的な正体が突き止められたのは2001年のことです。Roberts 等(Anesthesiology 95巻 716-725頁)のグループは、麻酔負荷試験を乗り越えた1頭の雑種犬を種として繁殖コロニーを立ち上げ、47頭を対象に筋収縮試験を実施。RYR1遺伝子近傍の連鎖解析からc.1640T>C(V547A、547番目のバリンがアラニンに置換)という原因変異を特定しました。「感受性あり」と判定された個体はすべてこの変異のヘテロ接合体で、1コピーの変異だけで発症しうる常染色体優性という遺伝様式が裏付けられています。

その後も新しい変異の発見は止まっていません。Perez Jimenez 等(2025, Vet Anaesth Analg 52巻1号 8-18頁)が次世代シーケンサーで調べたのは、イソフルラン麻酔中に致死的な危機を起こした2頭——ピット・ブル系ミックスとゴールデン・レトリーバーです。前者からはp.Gly2375Arg、後者からはp.Pro152Leuという、いずれも犬では初めて確認される変異が見つかり、しかもゴールデンのケースでは両親のどちらもこの変異を持たない新生変異(de novo)であったことまで確認されています。2001年から四半世紀近くを経ても、RYR1変異のカタログは更新され続けているのが現状です。

イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルについて、麻酔誘発型のRYR1変異がこの犬種で直接同定されたという報告は現時点で見当たりません。この犬種の記録で確定しているのは、1987年・2017年の運動誘発型の症例と、Merckが報告犬種のひとつとして列挙しているという2点です。麻酔誘発型と運動誘発型、どちらの経路であっても、行き着く先の代謝の暴走はよく似ています。

最初に動くのは体温ではない——呼気の二酸化炭素という指標

アオイアオイ体温計でこまめに測っていれば早く気づけますか。 森下 慧森下 慧それが誤解です。Merckの記載でも、麻酔中に最も早く動くのは体温ではなく二酸化炭素産生量です。

名前の印象とは裏腹に、体温は一番乗りの指標ではありません。Merck Veterinary Manual(専門家向けページ)によれば、麻酔中の患者でまず動くのは呼気に含まれる二酸化炭素の量で、体表の熱さはそのあとに追いついてくる二次的なサインにすぎません。収縮を続ける筋肉が酸素を消費し尽くす勢いで二酸化炭素を吐き出す一方、皮膚から熱として逃げるまでにはタイムラグがあるためです。

この時間差を踏まえると、飼い主が病院にぶつけるべき質問も変わってきます。「体温を測りますか」ではなく、「麻酔中にカプノグラフィで呼気の二酸化炭素を追っていますか」と聞くほうが、この体質の早期発見という目的に対しては的確です。一方で運動誘発型の危機はそもそも麻酔室で起きません。ドッグランや猟の現場で頻呼吸やふらつきに気づいたら、モニター機器の有無を気にする段階はすでに過ぎており、運動を即座に中止して涼しい場所へ移し、動物病院に向かうのが優先です。

引き金になるもの、ならないもの——この犬種で無視できない運動という因子

何が引き金になるかを一覧にすると、Merck Veterinary Manualはハロタン・イソフルラン・セボフルランなどの揮発性吸入麻酔薬と、スキサメトニウムという脱分極性筋弛緩薬を筆頭に挙げ、そのうえでストレス・興奮・運動も引き金になりうると注記しています。イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルの1987年・2017年の症例は、まさにこのリストの末尾にある「運動」だけで代謝の暴走が起きてしまった実例にあたります。

この犬種はもともと猟犬(スポーティンググループ)として作出され、ジャパンケネルクラブの犬種紹介でも「均整の取れたコンパクトで力強い体つき」「明るく柔順」と説明される、活発に動くことを前提にした犬種です。暑い季節のドッグランや野山での運動は、この犬種にとってごく普通の楽しみですが、普通の楽しみのなかにも引き金が潜んでいる可能性があるという点は、他の多くの犬種と違うところです。

裏を返せば、麻酔誘発型の危機は該当する薬剤さえ避ければ回避できるタイプの体質でもあります。それを裏付けるのがカナダからの症例報告(Shin & Ambros, 2025, Can Vet J 66巻8号 868-873頁)です。イソフルラン下で危機に陥った犬は、プロポフォールによる完全静脈麻酔(TIVA)へ即座に切り替えられ、冷却とダントロレン投与を経て回復。6週間後の再手術では最初からTIVAを選択し、何ら問題なく終えています。

治療薬ダントロレン——日本での現実

アオイアオイ運動で発作が起きたときも、解毒剤みたいな薬は使えますか。 森下 慧森下 慧使えます。ダントロレンは原因を問わず有効です。ただし人用医薬品で、常備している病院ばかりではありません。

この暴走を止められる薬は世界的に見てもダントロレンしかありません。開きっぱなしのRyR1を薬理学的に閉じさせ、カルシウムの流出そのものを断つ働きをします。Merck Veterinary Manualが示す獣医領域の目安は2〜3 mg/kgの静脈内ボーラス投与を症状消失まで反復(累積上限は目安10 mg/kg)で、危機を経験した個体への予防投与にも触れています。麻酔誘発・運動誘発のどちらで暴走が起きても、対処の軸はこの薬に集約されます。

日本国内での位置づけを整理すると、薬自体は存在するものの、あくまで人間の患者向けという前提を押さえておく必要があります。オーファンパシフィック株式会社が扱うダントリウム静注用20mg1985年9月に承認された医薬品で、添付文書の効能・効果欄に「麻酔時における悪性高熱症」と明記されており、薬価は1瓶8,926円です。人の麻酔科領域では日本麻酔科学会が悪性高熱症管理ガイドライン(2025年3月改定)を整備し、この薬の使い方を体系化しています。

ここで飼い主が向き合うべき現実は、動物病院が実際にこの薬を棚に置いているとは限らないということです。1瓶1万円近い薬剤を、数年に1度あるかないかの緊急事態のために常時ストックするかどうかは病院ごとの経営判断であり、備えていない施設のほうがむしろ普通です。だからこそ有効な自衛策は「薬があるかを漠然と心配する」ことではなく、予定された手術や激しい運動の機会の前に、この体質の可能性を病院側へ先出しで伝えておくことに尽きます。

日本のイングリッシュ・スプリンガー・スパニエル事情——26頭・88位という希少さ

この話が日本でどれくらいの規模の問題かを、数字で押さえておきます。equall LIFE がまとめたジャパンケネルクラブの2024年(1〜12月)犬種別犬籍登録頭数データによると、イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルは26頭・139犬種中88位でした。同年の総登録頭数は306,642頭、1位のプードルが76,543頭であることと比べると、この犬種は国内で相当に希少な部類に入ります。1990年代後半のペットブームで一時人気となったものの、その後は小型犬人気に押されて飼育頭数が減少傾向にあると同記事は伝えています。

希少であることは、麻酔の場面で不利にはたらきます。ゴールデン・レトリーバーのように国内で頻繁に扱われる犬種と違い、この犬種の麻酔経験がある動物病院はかぎられます。運動誘発型の症例が海外の獣医学誌に報告されている犬種だと知っている獣医師は、国内では多くないでしょう。だからこそ、飼い主から伝える情報の価値が相対的に大きくなります

そしてこの犬種には、麻酔をかける機会が確実に訪れます。生後6か月〜1歳ごろの避妊・去勢手術はその代表です。もうひとつ見落とされがちなのが耳の疾患です。長く垂れた耳は通気性が悪く、外耳炎を繰り返しやすい構造で、慢性化すれば洗浄や処置のために麻酔が必要になることがあります。さらにこの犬種は股関節形成不全が報告される犬種のひとつで、跛行が進めば整形外科手術を検討する場面も出てきます。猟犬としての活発さゆえに、走行中の外傷やケガによる緊急手術も他の犬種より起こりやすいと考えておくべきです。長時間の吸入麻酔になるほど、引き金への曝露も長くなります。

ペット保険は遺伝性・先天性疾患をどう扱うか

この体質そのものは病気ではなく検査でしか見つからない「体質」ですが、実際にペット保険を使う場面を想定して、遺伝性・先天性疾患の扱いを確認しておきます。アニコム損保は、契約の始期日より前に発症していた病気・先天性異常や、初年度契約始期日から30日間の待機期間中に発症した病気・先天性異常については保険金を支払えないとしつつ、「加入後に発症した場合において、アニコム損保では補償の範囲内」としています。一方で、補償範囲外としている保険会社もあるため事前確認が必要だとも述べています。

第一アイペットも、補償開始後に獣医師の診断で初めて発見された先天性疾患は補償対象とする一方、補償開始前に既に発見されていた先天性異常や経過観察中の症状は対象外としています。

ここから読み取れる実務上のポイントは2つです。ひとつは、この体質を理由に保険加入そのものを断られるものではないということ(現時点で悪性高熱症の遺伝子検査結果を保険会社への告知事項として明示的に扱っている国内商品は確認できていません)。もうひとつは、麻酔中に危機が起きた場合の緊急治療(点滴・ダントロレン投与・集中管理など)自体は、通常の疾病治療として保険金請求の対象になりうるという一般原則です。ただし各社の約款や商品によって細部の扱いは異なるため、気になる場合は加入前・請求前に保険会社へ直接確認するのが確実です。

日本でRYR1の遺伝子検査を受けるには

この犬種に限った話ではありませんが、国内ラボの犬用メニューを眺めても悪性高熱症という項目そのものが見当たりません。株式会社ケーナインラボの遺伝病検査一覧を例に取ると、MDR1や変性性脊髄症(DM)、運動誘発性虚脱(EIC)といった項目は並んでいても、悪性高熱症の枠は用意されていないのが2026年8月時点の実情です。

視点を海外に移すと景色が変わります。ドイツのLABOKLINではTaqMan SNPアッセイによる「Maligne Hyperthermie(MH)」検査が標準メニューに組み込まれており、検体到着から3〜5営業日で常染色体優性という遺伝形式込みの結果が返ってきます。全犬種を対象にしたGenomia(チェコ)は同じRYR1変異(V547A)を56.00米ドル(税別)、標準12営業日で検査し、消費者向けキットを展開するEmbark(米国)は健康項目のひとつとして悪性高熱症(RYR1)を組み込んだ総合パッケージ(Breed + Healthは定価199米ドル)を用意しています。

ただし、これらの検査はいずれもRoberts等(2001)が確定した常染色体優性のRYR1変異(V547A)を対象にしたものです。この犬種で報告されている1987年・2017年の運動誘発型の症例が、同じ変異によるものかどうかは確認されていません。つまり、この犬種で検査を受けて陰性だったとしても、運動誘発型の高体温症候群を否定する検査にはならない可能性がある、という点は理解しておく必要があります。

結果の読み方——陽性でも普通に暮らせる、陰性でも油断はできない

検査結果を手にしたとき、誤読しやすいポイントが3つあります。ひとつめは遺伝の仕方です。常染色体優性であるこの体質は、片方の親由来の1コピーだけで発症しうるため、「保因はしているが発症しない」という劣性疾患の感覚をそのまま当てはめると判断を誤ります。

ふたつめは、陽性という結果が意味する範囲です。陽性=生涯麻酔禁止ではありません。Embarkが実際に案内しているのも「カルテへの明記と、関わるすべての獣医師との情報共有」であり、引き金となる薬剤さえ避ければ手術自体は成立します。

みっつめが、この犬種にとって特に重い意味を持つ注意点です。陰性という結果が保証するのは「この検査が対象とする既知の変異が無かった」ことだけであり、悪性高熱症そのもの、あるいはこの犬種で報告されている運動誘発性の高体温症候群を起こさない保証にはなりません。既知の変異を拾う検査は、まだ報告されていない変異や、犬種固有かもしれない未解明の病態には手が届かないからです。検査結果と、麻酔中・運動中のリアルタイムな観察は、どちらか一方で足りるものではありません

麻酔の予定があるイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルの飼い主が、いま現実にできること

知識を当日までの行動に落とし込むと、次の5点に整理できます。

1. 病院との事前面談で、装置について具体的に尋ねる。漠然と「麻酔は安全ですか」と聞くのではなく、「カプノグラフィで呼気の二酸化炭素を追えますか」というピンポイントな質問にする方が、この体質の早期発見という目的に直結します。

2. 麻酔歴と運動時の異常を、記憶任せにせず書面化しておく。過去の麻酔で覚醒が遅かった・発熱したという経験に加え、この犬種特有の落とし穴として、ドッグランや猟の現場で運動後にふらついた・高体温になったエピソードも、単なる「疲れ」で片付けず記録に残してください。

3. 兄弟犬・親犬の情報をブリーダー経由で集める。2017年の報告例が血縁にある4頭のオスに集中していたことを踏まえると、同腹犬や親兄弟に麻酔後・運動後の異常があったかどうかは、聞く価値のある情報です。

4. 検査を選ぶなら手術直前ではなく数週間の余裕を見込む。海外ラボへの発送と返送を考えると、結果が届くまでにそれなりの日数がかかります。

5. 陽性判定や既往エピソードは、紙またはスマホで携行する。かかりつけのカルテを参照できない夜間救急や旅行先の病院でこそ、この一枚の記録が初動を左右します。

悪性高熱症も運動誘発性の高体温症候群も稀です。ほとんどのイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルは、生涯にわたって何の問題もなく麻酔を受け、思う存分走り回ります。それでも1987年から続くこの犬種の記録が示すのは、「麻酔室の外にも引き金がある犬種がいる」という事実でした。だからこそ、遺伝子を調べるかどうかに関係なく、麻酔前の一言と、運動中の様子への注意という誰でもできる備えに価値があります。

よくある質問

Q. うちの子はドッグランで元気に走り回っていますが、心配しすぎでしょうか?
ほとんどのイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルは、運動を楽しんでも何の問題も起こしません。1987年・2017年の報告はあくまで個別の症例であり、この犬種全体の発症率を示すものではありません。ただしMerck Veterinary Manualも運動やストレスが引き金になりうると記載しているため、暑い時期の激しい運動の後に頻呼吸やふらつきが見られたら、すぐに運動を中断して涼しい場所に移し、様子を見て動物病院に相談してください。

Q. イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルは悪性高熱症になりやすい犬種なのですか?
この犬種の発症頻度を裏付ける統計は存在しません。Merckが報告犬種として名前を挙げていることや、1987年・2017年に運動誘発型の症例が記録として残っていることは事実ですが、これらはいずれも件数の少ない個別報告にとどまり、母集団に対する発生率を計算できるデータではないからです。「この犬種だから」ではなく「この犬だから備える」という単位で考えるのが実務的です。

Q. 麻酔誘発型と運動誘発型は同じ病気ですか?
臨床像や検査所見(カフェイン・ハロタン筋収縮試験の陽性など)はよく似ていますが、同一の原因であると確認されているわけではありません。Roberts等(2001)が確定したRYR1変異は常染色体優性ですが、Thrift等(2017)が報告した運動誘発型の4症例は全頭オスで、性染色体に連鎖した劣性遺伝の可能性が指摘されています。関連はあっても、遺伝の仕方が異なる可能性がある別の病態として理解しておくのが安全です。

Q. 費用と期間はどれくらいかかりますか?
RYR1のV547A変異のみを調べる単項目検査であれば、Genomiaの公式表示で56.00米ドル(税別)・標準12営業日、LABOKLINなら検体到着後3〜5営業日というのが海外ラボの目安です。円換算だとおおむね1万円前後ですが、為替と国際送料次第で変わるため申し込み時点の公式ページを確認してください。なお、この検査で調べられるのはあくまで既知の麻酔誘発型の変異であり、この犬種で報告されている運動誘発型の症例まで説明できるとは限らない点は割り引いて考える必要があります。

Q. ペット保険に入っていれば、悪性高熱症の治療費は必ずカバーされますか?
一般論として、契約開始後に発症した病気・先天性異常はアニコム損保・第一アイペットいずれも補償対象としていますが、契約開始前から発症していた場合や待機期間中の発症は対象外とされています。悪性高熱症の緊急治療自体は通常の疾病治療として扱われるのが一般的と考えられますが、商品ごとに約款の細部は異なるため、気になる場合は契約前・請求前に必ず保険会社へ直接確認してください。

画像クレジット: Springer Spaniel Wide Shot by Ratsniffer, CC0 1.0(1200×630 に中央トリミング)

参考文献

検査で調べるには

ペットのDNA検査には遺伝性疾患のキャリア(保因)やリスク指標を含むものがありますが、結果は「情報」であって診断ではありません。気になる症状や確定診断が必要な場合は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。

この記事で扱う 悪性高熱症 (RYR1) を、各サービスが検査対象として明記しているかを、お住まいの地域別にまとめました(✅=対象/❓=要確認(公式に明記なし)/❌=対象外)。

日本国内にお住まいの方

Pontely 犬の遺伝子検査
🌐 サービス提供: 日本国内向け(海外からの検体返送は非対応)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
自宅スワブの犬の遺伝子検査。犬種別のおすすめ項目として MDR1・PRA(進行性網膜萎縮症)を扱う(公式 疾患ページで確認)。日本国内向けサービス。
カホテクノ 遺伝子検査
🌐 サービス提供: 日本国内向け(海外からの検体返送は非対応)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
福岡の検査機関。MDR1 を公式に明記(コリー系対象、EDTA 全血)。DM は要確認。
VEQTA 犬 遺伝性疾患DNA検査
🌐 サービス提供: 日本国内向け(海外からの検体返送は非対応)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
愛媛大発ベンチャー(大阪/福岡)。MDR-1・DM・PRA各型・vWD・HUU・EIC・第VII因子(F7)等を公式に個別明記。オンライン注文可。
アマネセル 遺伝子検査
🌐 サービス提供: 対応地域は公式に明記なし(要確認)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
獣医師経由の病理検査ラボ。MDR1 を明記。DM は要確認。
岐阜大学・鹿児島大学 DM(SOD1) 検査
🌐 サービス提供: 日本国内・主治医(獣医師)経由のみ
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
大学の SOD1(DM) 検査。申込は動物病院経由。結果は発症リスクであって診断ではありません。MDR1 は要確認。
アニコム DM(SOD1) 検査
🌐 サービス提供: 日本国内向け(海外からの検体返送は非対応)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
コーギー等の繁殖プログラムで大規模実施。国内での SOD1(DM) 検査の選択肢。MDR1 は要確認。
Orivet Japan(オリベット)犬 DNA検査
🌐 サービス提供: 日本・アジア居住者向け(検体は国内ラボへ返送)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
犬のDNA検査(自宅スワブ・日本語/円建て・国内決済)。品種別セット/単項目で遺伝性疾患リスク+形質を提供する大手。MDR1・DM・PRA 等の個別対象は品種別ページで要確認。
amomag(アモマグ)犬 遺伝子検査
🌐 サービス提供: 日本国内向け(海外からの検体返送は非対応)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
犬の遺伝子検査(自宅スワブ・低価格帯)。犬種別に遺伝性疾患リスクを解析。個別遺伝子の対象は公式で要確認。
エアデック mini ラフォラ病遺伝子変異検査
🌐 サービス提供: 日本国内・主治医(獣医師)経由のみ
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
国内の検査ラボ。Epm2b(NHLRC1)遺伝子変異を単項目で解析し、変異ホモ/ヘテロ/野生型を判定。検体は全血0.5ml以上(抗凝固剤入り・冷蔵送付)で、スワブ不可・動物病院経由での依頼。報告は受付日から2〜5日。Epm2a等の他要因によるラフォラ病は解析範囲外と明記。

日本国外にお住まいの方

※ キットの購入・国際配送が可能でも、検体の返送・解析・結果受領といったサービス提供が居住国で受けられる保証はありません。各サービスの「サービス提供」地域と返送方法を注文前に必ずご確認ください。

Embark (Breed + Health)
🌐 サービス提供: US/カナダ/EU/UK/豪で利用可(USラボ返送・国際は返送料自己負担)
悪性高熱症 (RYR1):✅ 対象
Cheek swab; multi-condition health panel that includes MDR1 and DM (SOD1). Also on Amazon (US health kit; JP = parallel-import).
Orivet
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
悪性高熱症 (RYR1):✅ 対象
Standalone tests incl. MDR1 (ivermectin sensitivity) and Degenerative Myelopathy (DM). GenoPet kit also on Amazon.
Paw Print Genetics
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Clinical-grade lab; standalone MDR1. Other conditions incl. DM: verify on the product page.
LabGenVet (Canada)
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
悪性高熱症 (RYR1):✅ 対象
カナダの獣医遺伝学ラボ。NHLRC1 のラフォラ病検査を、ビーグル/チワワ/ミニチュア・ワイヤーヘアード・ダックスフンド/ニューファンドランド/ウェルシュ・コーギー・ペンブロークについて掲載。郵送受付、検体種と国際発送は要問合せ。
Feragen
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Genomia
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
悪性高熱症 (RYR1):✅ 対象
チェコ・プルゼニのEUラボ。NHLRC1 のラフォラ病検査を12犬種向けに単項目で掲載。飼い主が直接注文でき、スワブキットの提供あり。

その他の国・地域で提供されているサービス(お住まいの地域では入手できない場合があります)

Wisdom Panel Premium
🌐 サービス提供: US・カナダ+UK(各地域ラボ)。EU本土は要確認
提供地域: 米国 / 英国 / EU
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Cheek swab; 265+ conditions including MDR1 and DM (SOD1). Lafora disease is reported as a LINKAGE test (marker-based prediction, not the NHLRC1 repeat itself) — the company itself advises confirming with a direct test before breeding decisions.
Basepaws Dog DNA
🌐 サービス提供: 実質US国内のみ(国際は返送を自己手配・返送先は米国ラボ)
提供地域: 米国
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Dog health panel includes MDR1. DM (SOD1): verify on the product page. Also on Amazon.
UC Davis VGL (dog)
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
提供地域: 米国
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
University lab; standalone MDR1 and DM (SOD1) tests, owner-orderable.
WSU PrIMe / VCPL (discovered MDR1)
🌐 サービス提供: 対応地域は公式に明記なし(要確認)
提供地域: 米国 / 英国 / EU
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Dr. Mealey’s lab — the group that discovered ABCB1-1Δ. Direct-to-owner MDR1 test. DM: verify.
Breedwise DNA
🌐 サービス提供: 国際は要問合せで対応可(国別送料別)
提供地域: 米国
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Standalone MDR1 oral swab (US). DM: verify on the product page.
OFA / University of Missouri
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
提供地域: 米国
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
The originating DM lab (Awano 2009). SOD1 c.118G>A test; result = risk class, not a diagnosis. MDR1: verify.
Wisdom Panel Premium
🌐 サービス提供: 対応地域は公式に明記なし(要確認)
提供地域: EU
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Laboklin
🌐 サービス提供: EUの自社ラボ網+UK(他地域は個別対応)
提供地域: EU / 英国
悪性高熱症 (RYR1):✅ 対象
GLBizzia(格致博雅)ペット遺伝子検査
🌐 サービス提供: 中国国内向け(国際対応は要確認)
提供地域: 中国
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Urban Animal (India)
🌐 サービス提供: インド国内のみ(国外は要問合せ)
提供地域: インド
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
India-based broad panel (130+ conditions); MDR1 / DM not explicitly published — verify.

健康・症状が心配な方へ — 獣医師への相談

遺伝性疾患の確定診断や治療方針は、検査キットではなく獣医師が判断します。以下は公的な相談先です。

日本獣医師会(動物病院を探す)

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このページは教育目的の情報提供であり、獣医療上の診断・助言ではありません。ペットの健康に関する判断は、必ず獣医師にご相談ください。

この記事を書いた人

森下 慧

森下 慧

編集・執筆(獣医師ではありません)

分子生物学を学び、受託ゲノム解析ラボでの勤務経験を持つ、犬や猫と暮らす愛好家。獣医師ではなく、査読済みの研究論文と公的機関の一次データを読み解き、「診断ではなく情報」として整理・再構成することに徹しています。

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