結論:ベドリントン・テリアは、銅代謝遺伝子COMMD1(旧称MURR1)の変異が世界で最初に同定された犬種です。常染色体劣性遺伝で、頬粘膜スワブの遺伝子検査によりクリア・キャリア・罹患のリスクを事前に把握できますが、これは診断ではなくリスク情報です。さらに2023年の研究で、COMMD1がクリアでも別の遺伝子変異により銅蓄積症を発症する例が報告されており、「クリア=絶対安心」ではありません。確定診断や健康管理は必ず獣医師に相談してください。
COMMD1と銅代謝の分子メカニズム
肝臓は体内に取り込まれた銅を一時的に貯蔵し、余分な銅を胆汁中に排出することで血中・組織中の銅濃度を一定に保っています。この胆汁排泄の最終段階を担うのが、肝細胞の膜輸送体ATP7Bです。COMMD1タンパクはこのATP7Bと相互作用し、銅の細胞内輸送・排出プロセスを調整する役割を持つことがわかっています。
COMMD1遺伝子に機能喪失をもたらす変異があると、ATP7Bを介した銅の胆汁排泄がうまく働かなくなり、肝細胞内に銅が少しずつ、しかし着実に蓄積し続けます。これはヒトのウィルソン病(原因遺伝子はATP7B自体の変異)と病態の見た目こそ似ていますが、原因となる遺伝子が異なる、犬に特有の遺伝性疾患です。
アオイなんでATP7Bじゃなくて、COMMD1の変異が原因になるんですか?
森下 慧ATP7Bの“調整役”がCOMMD1です。van De Sluisらの2002年の研究で、39.7kbの欠失が原因と特定されました。
この犬種でのDNA検査が示すもの
ベドリントン・テリアの銅蓄積症は、1980年代から知られていた「原因不明の若齢性肝疾患」でしたが、原因遺伝子の同定は長らく進みませんでした。転機となったのが、van De Sluisら(2002年)による純血犬集団を用いたポジショナルクローニング研究です。犬の10番染色体65.3091〜65.3489Mb付近、COMMD1遺伝子のイントロン1〜イントロン2にまたがる約39.7kbの欠失が、罹患犬では両アレル、保因犬(キャリア)では片アレルに存在することが示されました(van De Sluis et al., 2002, Human Molecular Genetics)。
続いてForman ら(2005年)がこの変異の詳細な特性づけを行い、DNA検査としての実用性を確立しました(Forman et al., 2005, Animal Genetics)。遺伝形式は常染色体劣性で、原因となる変異を2コピー持つ犬(D/D、罹患)は生涯のいずれかの時期に銅蓄積症を発症するリスクが非常に高く、1コピーのみ持つ犬(N/D、キャリア)は臨床的には健康ですが、繁殖相手によっては罹患の子犬を生む可能性があります。この遺伝子型情報を頬粘膜スワブという非侵襲的な方法で事前に把握できる、というのがDNA検査の本質的な価値です(OMIA:001988-9615)。
臨床像と進行
Orthopedic Foundation for Animals(OFA)の解説によれば、銅蓄積症の初期は無症状で経過することが多く、進行するにつれて元気消失、食欲不振、嘔吐、体重減少、下痢、多飲、腹部膨満、黄疸、尿の色が濃くなるといった症状が現れます。肝臓では慢性肝炎が進行し、やがて肝硬変に至り、対応が遅れると早期死亡につながる可能性があります(OFA: Copper Toxicosis)。
これらの症状は特異的ではなく、他の肝疾患や消化器疾患でも起こり得るため、症状だけで銅蓄積症と判断することはできません。血液検査(ALTなど肝酵素)、画像検査、最終的には肝生検による銅濃度測定などを組み合わせて、獣医師が総合的に判断します。DNA検査の遺伝子型は、この診断プロセスを補助する「事前情報」であって、それ自体が確定診断に代わるものではありません。
「COMMD1クリア=安心」ではない理由
ここが飼い主にとって特に誠実に伝えるべきポイントです。Haywoodら(2023年)の研究では、COMMD1の39.7kb欠失を持たない(検査上「クリア」と判定される)ベドリントン・テリアの中にも、銅蓄積症を発症する個体が存在することが報告されました。原因として、ABCA12遺伝子のスプライス変異や、ヒトのウィルソン病原因遺伝子と同じATP7B遺伝子自体の変異が関与している例が挙げられています(Haywood et al., 2023, Veterinary Record)。
つまり、COMMD1のDNA検査で「クリア」という結果が出ても、この犬種で銅蓄積症を完全に否定することはできません。COMMD1検査は「最も頻度の高い既知の原因」を調べるものであり、銅蓄積症そのものを網羅的に除外する検査ではない、という点を正しく理解しておく必要があります。定期的な肝機能モニタリングの重要性は、クリア判定の犬でも変わりません。
アオイクリアだったら、もう銅蓄積症は心配しなくていいんですよね?
森下 慧それが違うんです。2023年のHaywoodらの研究で、クリアでも別変異で発症した例が報告されています。定期検査は続けましょう。
クリア・キャリア・罹患の意味と繁殖管理
COMMD1のDNA検査結果は、一般に次の3区分で表記されます。
- クリア(N/N):変異を持たない。COMMD1由来の銅蓄積症のリスクは低いが、前述のとおり他の遺伝子による発症の可能性はゼロではない。
- キャリア(N/D):変異を1コピー持つ。本犬は臨床的に健康なことが多いが、同じくキャリアやDDの相手と交配すると、罹患の子犬が生まれる可能性がある。
- 罹患(D/D):変異を2コピー持つ。生涯のどこかで銅蓄積症を発症するリスクが高く、獣医師による継続的なモニタリングが強く推奨される。
繁殖計画では、キャリア同士・キャリアと罹患・罹患同士の交配を避け、クリアの犬を交配相手に選ぶことでリスクを大きく下げられます。ただし、キャリアというだけで血統から一律に排除すると、犬種全体の遺伝的多様性が損なわれ、別の遺伝性疾患のリスクを高めてしまう恐れがあることも、繁殖関係者の間では指摘されています。
日本でベドリントン・テリアを飼う・迎える事情
正直に言えば、日本国内でベドリントン・テリアは非常に希少な犬種です。一般社団法人ジャパンケネルクラブ(JKC)の犬籍登録統計によれば、2025年の年間登録頭数は全141犬種中でわずか13頭(101位)にとどまっています(JKC 犬種別犬籍登録頭数)。年間登録総数が30万頭を超える中でのこの数字は、流通しているブリーダーや専門ショップが限られていることを意味します。
迎える際は、国内での流通の少なさから、信頼できるブリーダーを探すこと自体に時間がかかる前提で計画するのが現実的です。海外からの輸入を検討する場合は、検疫手続きや渡航元での健康・遺伝子検査歴の確認も含めて、事前に十分な情報収集をおすすめします。
アオイ近所のペットショップでは見たことがないんですけど、珍しい犬種なんですか?
森下 慧はい。JKCの登録統計では2025年に全141犬種中101位、登録数はわずか13頭です。かなり希少な犬種と言えます。
日本で受けられる遺伝子検査
国内の主要な動物遺伝子検査ラボのうち、ケーナインラボの遺伝病検査一覧を確認したところ、2026年時点でベドリントン・テリアの銅蓄積症(COMMD1)は掲載メニューに含まれていませんでした(ケーナインラボ 遺伝病検査の一覧表)。一方、Orivet Japan(オリベット・ジャパン)は犬種別の単検査商品としてベドリントン・テリア向けのラインナップを用意しており、この犬種の好発疾患である銅蓄積肝障害を含む検査を単検査10,700円、より幅広く調べるセット検査21,400円で案内しています(Orivet Japan「単検査 ベドリントンテリア」)。申し込み前に、検査対象項目にCOMMD1(銅蓄積症)が明確に含まれているかを問い合わせフォームで確認することをおすすめします。
国内で確実にCOMMD1単独の検査が確認できない場合、海外の専門ラボに検体を送付するのが現実的な選択肢になります。代表的な例は以下のとおりです。
- Laboklin(ドイツ/英国):COMMD1/CT検査を提供。英国法人の案内では料金48ポンド(VAT込)、納期は検体到着後2〜3週間、血液(EDTA管)または頬粘膜スワブで受検可能(Laboklin UK: Copper Toxicosis COMMD1/CT)。
- Genomia(チェコ):CT(Copper Toxicosis)検査を56米ドル(VAT別)、納期12営業日で提供、血液または頬粘膜スワブに対応(Genomia: CT – Copper Toxicosis)。
- UC Davis VGL(米国):ベドリントン・テリア向けに銅蓄積症の検査を提供している(UC Davis VGL: Copper Toxicosis)。料金・納期は申込時期により変動するため、注文前に公式サイトで最新情報を確認してください。
海外ラボを利用する場合は、検体の国際配送・支払い通貨・結果の英語表記を自分で管理する必要があります。それでも構わないという場合は選択肢になりますが、まずはかかりつけ獣医師に、現時点で国内対応可能なラボがあるか確認するのが遠回りに見えて確実です。
日本での受診導線
DNA検査の結果は、あくまで遺伝的なリスク情報です。キャリアや罹患の判定が出た場合はもちろん、クリアの場合でも、まずはかかりつけの動物病院で相談することが出発点になります。銅蓄積症が疑われる、あるいは血液検査でALT(肝酵素)などの異常値が続く場合は、内科・消化器を専門とする動物病院や大学附属動物病院への紹介を検討してもらいましょう。
特にキャリア・罹患判定の犬、あるいはクリアでも症状が気になる犬では、年に1〜2回程度の定期的な血液検査(ALT・ALPなどの肝酵素、必要に応じて銅関連の追加検査)によるモニタリングが、早期発見・早期対応につながります。これは獣医師の一般的な推奨であり、遺伝子検査の結果如何にかかわらず継続する価値があります。
ペット保険の扱い
遺伝性疾患・先天性疾患のペット保険での扱いは、保険会社や契約内容によって異なります。アニコム損害保険は、契約始期日より前に発症していた病気・先天性異常は補償対象外とする一方、契約後に発症したケガ・病気は先天性・後天性を問わず補償対象になり得るとしています。ただし「特定傷病除外特約」が付いている契約では、特定の病気・先天性異常が個別に不担保となる場合があるため、加入前に「補償対象・対象外検索」等で個別確認が必要です(アニコム損保: 補償対象外となるケース)。
第一アイペット損害保険の「うちの子」シリーズでは、先天性疾患は補償開始後に獣医師の診断で初めて発見された場合に限り補償対象となり、契約前にすでに診断されていた、あるいは経過観察中だった病気は補償対象外になるとしています(第一アイペット「うちの子」補償内容)。いずれの保険会社でも、DNA検査で判明した遺伝的リスクそのものを理由に加入を断られることは通常ありませんが、契約前にすでに症状が出ている場合は補償対象外になり得るため、可能であれば子犬のうちに加入を検討し、契約内容を確認しておくことをおすすめします。
アオイ遺伝子検査でキャリアだとわかったら、保険に入りにくくなりますか?
森下 慧検査結果自体が理由で加入拒否されることは通常ありません。ただし契約前に発症・経過観察中だと対象外になり得るので、早めの加入検討が安心です。
日本の規制
日本では、犬の繁殖や飼育を規律する法律として動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)がありますが、繁殖犬に対する遺伝子検査の実施そのものを義務付ける規定はありません。同法の基準では、繁殖に用いる犬について、必要に応じた獣医師への相談・指導や健康診断の実施、親・同腹の遺伝性疾患の把握(把握困難な場合を除く)などが求められていますが、DNA検査そのものは義務ではなく、あくまで飼い主・ブリーダーの任意の判断に委ねられています。
JKCも「遺伝子疾患のすべてをクリアにすることはできない」としたうえで、繁殖に関わる人には対象犬種の遺伝性疾患について正しい知識を持つことを推奨しつつ、キャリアというだけで一律に排除することには慎重な姿勢を示しています(JKC「遺伝子疾患について考えよう」)。義務ではないからこそ、任意で検査を受け、その結果をどう活かすかは飼い主・ブリーダー自身の判断にかかっているとも言えます。
飼い主が今日からできること
- 子犬を迎える前に、ブリーダーにCOMMD1の遺伝子検査結果(親犬のクリア/キャリア/罹患)を確認する。
- すでに飼っている場合は、かかりつけ獣医師に相談のうえ、DNA検査の受検を検討する(国内ラボの取り扱い状況、または海外ラボへの送付を含めて)。
- COMMD1がクリアでも油断せず、定期的な血液検査(ALTなどの肝酵素)を継続する。
- 元気消失・食欲不振・嘔吐・多飲・尿の色の変化など、いつもと違う様子に気づいたら早めに受診する。
- 繁殖を検討する場合は、キャリア・罹患同士の交配を避け、獣医師やブリーダー団体の助言を受けながら計画する。
よくある質問
Q. COMMD1のDNA検査で「クリア」と出れば、銅蓄積症は完全に否定できますか?
いいえ。2023年のHaywoodらの研究で、COMMD1がクリアでもABCA12やATP7Bなど別の遺伝子変異により銅蓄積症を発症する例が報告されています。クリアでも定期的な肝機能モニタリングをおすすめします。
Q. キャリア判定の犬は発症しますか?
キャリア(変異1コピー)は一般に臨床的に健康とされますが、遺伝的リスクの評価や繁殖計画では考慮が必要です。個体差もあるため、獣医師と相談のうえで健康管理を続けてください。
Q. 日本国内でCOMMD1の遺伝子検査は受けられますか?
国内では取り扱いが限られています。Orivet Japanが犬種別の単検査を提供していますが、COMMD1単独の検査項目については事前確認が必要です。海外ラボ(Laboklin、Genomia、UC Davis VGLなど)への検体送付も選択肢になります。
Q. ペット保険で銅蓄積症は補償されますか?
契約前にすでに発症・診断されていなければ補償対象になり得ますが、保険会社や特約によって扱いが異なります。加入前に各社の補償対象・対象外の条件を確認してください。
Q. 日本で遺伝子検査は法律で義務付けられていますか?
義務ではありません。動物愛護管理法は繁殖犬の健康管理や遺伝性疾患の把握を求めていますが、DNA検査自体の実施は任意です。
参考文献
- van De Sluis B, Rothuizen J, Pearson PL, van Oost BA, Wijmenga C (2002). Identification of a new copper metabolism gene by positional cloning in a purebred dog population. Human Molecular Genetics 11(2):165-173.
- Forman OP et al. (2005). Characterization of the COMMD1 (MURR1) mutation causing copper toxicosis in Bedlington terriers. Animal Genetics.
- Haywood S et al. (2023). Copper toxicosis in Bedlington terriers is associated with multiple independent genetic variants. Veterinary Record.
- OMIA:001988-9615 Copper toxicosis, COMMD1-related in Canis lupus familiaris
- OFA: Copper Toxicosis
- ジャパンケネルクラブ: 犬種別犬籍登録頭数
- ジャパンケネルクラブ: 遺伝子疾患について考えよう
- ケーナインラボ: 遺伝病検査の一覧表
- Orivet Japan: 単検査 ベドリントンテリア
- Laboklin UK: Copper Toxicosis COMMD1/CT
- Genomia: CT – Copper Toxicosis
- UC Davis VGL: Copper Toxicosis
- アニコム損保: 補償対象外となるケース
- 第一アイペット: 「うちの子」補償内容
画像: Bedlington Terrier puppy by Mball93, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons。
検査で調べるには
ペットのDNA検査には遺伝性疾患のキャリア(保因)やリスク指標を含むものがありますが、結果は「情報」であって診断ではありません。気になる症状や確定診断が必要な場合は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
日本国内にお住まいの方
日本国外にお住まいの方
※ キットの購入・国際配送が可能でも、検体の返送・解析・結果受領といったサービス提供が居住国で受けられる保証はありません。各サービスの「サービス提供」地域と返送方法を注文前に必ずご確認ください。
その他の国・地域で提供されているサービス(お住まいの地域では入手できない場合があります)
健康・症状が心配な方へ — 獣医師への相談
遺伝性疾患の確定診断や治療方針は、検査キットではなく獣医師が判断します。以下は公的な相談先です。
※本セクションには広告(アフィリエイトリンク)を含みます。当サイトは商品の購入・申込みにより成果報酬を受け取る場合があります。Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。遺伝子検査は病気の予防・診断・治療を保証するものではなく、結果は「傾向・情報」を示すものです。
このページは教育目的の情報提供であり、獣医療上の診断・助言ではありません。ペットの健康に関する判断は、必ず獣医師にご相談ください。


