ゴールデン・レトリーバーの悪性高熱症(RYR1)|12か月齢の致死例と、両親にはなかった変異

ゴールデン・レトリーバー 日本語

結論:犬の悪性高熱症(malignant hyperthermia/原因遺伝子 RYR1)は、病気というより「麻酔をかけたときだけ表に出る体質」です。普段はまったく健康な犬が、イソフルランなどの揮発性吸入麻酔薬や筋弛緩薬スキサメトニウムに触れた瞬間、骨格筋の細胞内でカルシウムが出っぱなしになり、筋肉が収縮し続けて体温と二酸化炭素が急上昇します。2025年に Perez Jimenez 等(Vet Anaesth Analg)が報告した2例のうち1例は生後12か月のゴールデン・レトリーバーで、イソフルラン麻酔中に発症して命を落とし、次世代シーケンサーで RYR1 の新しい変異p.Pro152Leuが見つかりました。重要なのはその次で、両親を調べたところ、どちらもこの変異を持っていませんでした(de novo=新生変異)。つまり「血統書の家系に麻酔事故がない=うちの子は安全」とは言い切れないということです。最初に動くのは体温ではなく呼気の二酸化炭素(カプノグラフィの数値)で、これは飼い主ではなく手術室のモニターが拾うサインです。日本ではダントロレン(ダントリウム静注用20mg、効能・効果に「麻酔時における悪性高熱症」を持つ人用医薬品)が存在しますが、動物病院に常備されている前提で考えるべきではありません。また国内の代表的な動物遺伝子検査ラボの犬メニューに悪性高熱症は入っておらず(2026年8月時点)、検査を希望するなら海外ラボ経由が現実的です。この記事は情報提供であり、診断・治療の代わりにはなりません。手術・麻酔の予定があるなら、必ずかかりつけの獣医師に相談してください。

悪性高熱症とは何か——「病気」ではなく、麻酔で初めて表に出る体質

本ページはアフィリエイト広告を含みます。以下は、公開された査読済みの研究エビデンスを横断的に整理した情報提供であり、診断・治療・予防を目的としたものではありません。気になる症状や健康上の判断は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
アオイアオイうちのゴールデン、元気そのものです。麻酔って怖いんですか? 森下 慧森下 慧元気なのが普通なんです。Roberts等(2001)が示したRYR1の体質は、麻酔薬に触れるまで一切表に出ません。

悪性高熱症は、骨格筋のなかにあるリアノジン受容体1型(RyR1)というカルシウムの出口が、うまく閉じられなくなる状態です。筋肉が動くとき、細胞内の貯蔵庫(筋小胞体)からカルシウムが放出され、収縮が終わると回収されます。RYR1 遺伝子に特定の変異があると、揮発性吸入麻酔薬という「鍵」が差し込まれた瞬間にこの出口が開きっぱなしになり、筋肉が収縮し続けて熱を出し続けるのです。

ここが飼い主にとって一番わかりにくいところですが、この体質を持つ犬は、麻酔をかけない限り普通に健康です。散歩も食欲も普通、血液検査も正常。犬用DNA検査サービスの Embark も、陽性という結果について「麻酔と手術の前に必ず主治医に伝えてカルテに記載してもらうこと」を第一に挙げ、そのうえで「麻酔の場面を除けば、この結果を持つ犬はまったく普通の活動的な生活を送れます」と説明しています。つまりこれは、治療すべき病気ではなく、共有すべき情報なのです。

そして共有されなかったときの代償が大きい。Merck Veterinary Manual は、発症すると頻呼吸・頻脈・発熱・四肢の筋硬直・ミオグロビン尿が現れ、重度の代謝性アシドーシスから呼吸停止・心停止に至りうると記載しています。避妊去勢や歯石除去といった、「予定された、命に関わらないはずの麻酔」で起きることが問題なのです。

2025年の症例報告——生後12か月のゴールデン・レトリーバーに何が起きたか

この分野で最も新しく、そして最も具体的な報告が、Perez Jimenez 等(2025, Veterinary Anaesthesia and Analgesia 52巻1号 8-18頁)です。ワシントン州立大学のグループが、イソフルラン麻酔中に致死的な悪性高熱症を起こした飼い犬2頭について、遺伝子レベルで裏を取りにいった研究です。

症例1は7歳の雄のピット・ブル系ミックス、症例2が生後12か月の雄のゴールデン・レトリーバーでした。どちらもイソフルラン麻酔中に、頻呼吸・頻脈・重度の高体温・筋硬直という、揮発性麻酔薬によって誘発される悪性高熱症に一致する経過をたどっています。

研究チームは、悪性高熱症に関わることが知られている RYR1・CACNA1S・STAC3 という遺伝子を次世代シーケンサーで読み、サンガー法で確認しました。その結果、症例1では p.Gly2375Arg、症例2(ゴールデン)では p.Pro152Leu という、これまで犬で報告されていなかったミスセンス変異が見つかりました。

注目すべきは症例1の変異です。p.Gly2375Arg はヒトの悪性高熱症の診断に使われている既知の変異と同一の位置にあたります。犬とヒトで同じ場所が同じように壊れていた——これは偶然の一致というより、RyR1 というタンパク質のどこが弱点なのかが種を超えて共通していることを示しています。

両親にはなかった変異——「家系に事故がないから安心」が成り立たない理由

アオイアオイブリーダーさんは「うちの犬系統は麻酔事故ゼロ」と言ってました。 森下 慧森下 慧それでも安心材料にはなりません。2025年の症例では両親とも変異を持たず、その子だけが新たに持っていました。

Perez Jimenez 等の研究がとくに重要なのは、ゴールデン・レトリーバーの症例について、父犬と母犬の DNA も解析している点です。もしこの体質が代々受け継がれてきたものなら、どちらかの親が同じ変異を持っているはずでした。

結果は違いました。両親のどちらも p.Pro152Leu を持っていなかったのです。つまりこの変異は、その子が作られる過程で新しく生じた(de novo)ものでした。

これは繁殖と健康管理の考え方を根本から変える所見です。遺伝性疾患の多くは「両親がキャリアかどうか」を調べれば子のリスクを大きく減らせます。ところが新生変異は、親をどれだけ丁寧に検査しても防げません。血統書のうえで麻酔事故の記録がないことは、その系統に既知の変異がない可能性を示すだけで、目の前の1頭に変異がないことの証明にはならないのです。

だからこそ、この体質への現実的な備えは「良い血統を選ぶ」ことではなく、麻酔の当日に手術室で何が用意されているかに寄ってきます。この点は後の章で具体的に扱います。

2001年に犬で変異が確定した——そして「どれくらいいるか」はまだ分からない

犬の悪性高熱症の原因が遺伝子レベルで確定したのは2001年です。Roberts 等(2001, Anesthesiology 95巻 716-725頁)は、ハロタンとスキサメトニウムの負荷試験を生き延びた1頭の雄のミックス犬を起点に繁殖コロニーを作り、47頭を筋収縮試験(in vitro contracture test)で判定しました。

そのうえで RYR1 周辺のマーカーとの連鎖を調べ、c.1640T>C(アミノ酸としては547番目のバリンがアラニンに置き換わる V547A)という変異を突き止めています。判定が「感受性あり」だった犬は全頭がこの変異のヘテロ接合で、正常と判定された犬は全頭が正常型のホモ接合でした。遺伝形式は常染色体優性——つまり1コピー持っているだけで発症しうるということです。

一方で、「犬全体でどれくらいの割合がこの体質を持つのか」は、いまだにはっきりしていません。Haluskova 等(2023, Veterinarni Medicina 68巻 428-434頁)はスロバキアの繁殖犬50頭・27犬種を調べましたが、変異アレルを持つ個体は1頭もいませんでした

この「ゼロ」の読み方には注意が要ります。50頭という規模では、たとえば500頭に1頭という頻度の変異はそもそも見つからない可能性の方が高いからです。稀であることの示唆にはなっても、「いない」ことの証明にはなりません。そして稀であるほど、実際に起きたときにその場の獣医師にとっては初めての経験になります。

最初に動くのは体温ではない——呼気の二酸化炭素という指標

アオイアオイ体温計で早く気づけるなら、そんなに怖くない気もします。 森下 慧森下 慧それが誤解です。Merck の記載でも、麻酔中に最も早く動くのは体温ではなく二酸化炭素産生量です。

「高熱症」という名前のせいで、体温がまず上がると思われがちですが、実際の順序は逆です。Merck Veterinary Manual は、麻酔下の患者において最も早い指標は二酸化炭素産生量の増加であると明記しています。

理屈はシンプルです。筋肉が収縮し続ければ酸素を大量に消費し、その分だけ二酸化炭素が出ます。体温が上がるのはその結果であって、原因ではありません。熱として現れる頃には、すでに代謝の暴走がかなり進んでいることになります。

ここから導かれる実務的な結論が1つあります。カプノグラフィ(呼気二酸化炭素モニター)が回っているかどうかが、早期発見の分かれ目になるということです。麻酔のモニタリング機器は施設によって差があります。飼い主の立場で「体温は測りますか」と聞くより、「麻酔中に呼気の二酸化炭素をモニターしていますか」と聞く方が、この体質に対しては的を射た質問になります。

引き金になるもの、ならないもの

悪性高熱症の引き金は限定されています。Merck Veterinary Manual が挙げているのは、ハロタン・イソフルラン・セボフルランといった揮発性吸入麻酔薬と、脱分極性筋弛緩薬のスキサメトニウムです。加えて、ストレス・興奮・運動が引き金になりうることや、ホップの誤食が類似の症候群を起こすことにも触れられています。

逆に言えば、これらを使わない麻酔なら引き金を引かずに済むということでもあります。実際、2025年にカナダで報告された症例(Shin & Ambros, Can Vet J 66巻8号 868-873頁)では、イソフルラン麻酔中に危機が起きた後、吸入麻酔を中止してプロポフォールによる完全静脈麻酔(TIVA)に切り替え、換気量を増やし、冷却とダントロレン投与を行って犬は回復しました。さらに6週間後の再手術は、最初から TIVA で行われ、問題なく終わっています

つまり、この体質は「麻酔が一生かけられない」という宣告ではありません。方法を変えれば手術はできます。ただしそれは、手術の前にその情報が獣医師の手元にある場合に限られます

治療薬ダントロレン——日本での現実

アオイアオイ解毒剤みたいな薬はあるんですか? 日本の病院にありますか? 森下 慧森下 慧薬はあります。ダントロレンです。ただし人用医薬品で、動物病院に常備されている前提では考えない方が安全です。

悪性高熱症に対する特異的な薬はダントロレンひとつです。RyR1 に働いてカルシウムの放出を抑えます。Merck Veterinary Manual は獣医領域での用量として2〜3 mg/kg を静脈内にボーラス投与し、症状が治まるまで反復(累積で最大10 mg/kg まで)、既往のある個体では予防投与も可能と記載しています。

日本にこの薬があるかというと、答えは「あります、ただし人用として」です。ダントリウム静注用20mg(オーファンパシフィック株式会社)は1985年9月に承認され、効能・効果に「麻酔時における悪性高熱症」を明記しています(薬価は1瓶8,926円)。ヒトの医療では、日本麻酔科学会の「悪性高熱症管理ガイドライン」(2025年3月改定)がその使い方を定めており、この分野の知識体系は日本語で十分に整備されています。

問題は動物病院側の在庫です。1瓶あたり1万円弱の薬を、数年に一度あるかないかの事態のために常備するかどうかは、施設の規模と方針によります。避妊手術1件のために全国の動物病院がダントロレンを抱えている、という前提は現実的ではありません。

したがって飼い主にとって意味があるのは、「薬があるか」を一般論として心配することではなく、予定された麻酔の前に、この体質の可能性を伝えておくことです。伝われば、施設側は薬の手配・吸入麻酔を使わない計画・より厳重なモニタリングという選択肢を検討できます。伝わらなければ、どれも起こりません。

日本のゴールデン・レトリーバー事情——年間7,275頭、そして麻酔が必要になる場面

この話が日本でどれくらいの規模の問題かを、数字で押さえておきます。ジャパンケネルクラブの2024年(1〜12月)の犬種別犬籍登録頭数で、ゴールデン・レトリーバーは7,275頭・第10位でした。1位のプードル(76,543頭)や2位のチワワ(47,313頭)とは一桁違いますが、大型犬としては国内で最も身近な部類に入ります。

そして日本のゴールデンには、麻酔をかける機会が確実に訪れます。典型的なのは次の3つです。

生後6か月〜1歳ごろの避妊・去勢手術。多くの飼い主が最初に経験する全身麻酔がこれです。2025年に報告された致死例のゴールデンが生後12か月だったことを思い出してください——年齢層がちょうど重なります。

歯石除去(スケーリング)。日本では動物の歯科処置を全身麻酔下で行うのが標準です。「無麻酔歯石取り」を掲げるサービスもありますが、獣医療の立場からは推奨されていません。つまり歯のケアのたびに麻酔の判断が発生します。

整形外科疾患。ゴールデンは股関節形成不全や前十字靭帯断裂が比較的多い犬種で、手術になれば長時間の吸入麻酔になります。麻酔時間が延びるほど、引き金への曝露も長くなります。

もうひとつ、日本特有の事情として「病院が開いていない日」があります。ゴールデンウィーク・お盆・年末年始は多くの動物病院が長期休診に入り、対応は夜間救急や当番病院に移ります。そこにはかかりつけのカルテがありません。悪性高熱症の可能性を指摘されたことがあるなら、その情報は飼い主が紙で持っていることに意味があります。

なお、日本の夏の高温多湿とダブルコートの組み合わせは熱中症のリスクを高めますが、これは悪性高熱症とは別の話です。散歩の時間帯を選ぶ、留守番中の室温を管理するといった熱中症対策をどれだけ徹底しても、麻酔中の悪性高熱症は防げません。季節の対策と、手術前の申告は、別々に用意すべきものだと考えてください。

日本で RYR1 の遺伝子検査を受けるには

ここは日本の飼い主にとって、正直に書いておくべき点です。国内の動物遺伝子検査ラボの犬メニューに、悪性高熱症は一般的な項目として載っていません。たとえば 株式会社ケーナインラボの遺伝病検査一覧には、MDR1・変性性脊髄症(DM)・運動誘発性虚脱(EIC)・コリー眼異常・進行性網膜萎縮症・フォン・ヴィレブランド病1型・第VII因子欠損症などが並びますが、悪性高熱症の項目はありません(2026年8月時点)。

一方、海外のラボでは標準的な検査項目です。ドイツの LABOKLIN は「Maligne Hyperthermie(MH)」を検査項目(Leistungs-ID 8062)として提供し、TaqMan SNP アッセイで検体到着から3〜5営業日、遺伝形式は常染色体優性と明示しています。チェコの Genomia全犬種を対象に同じ RYR1 変異(V547A)の検査を提供しています。米国の Embark は、飼い主が自分で申し込む一般向けキットの健康項目に悪性高熱症(RYR1)を含めています。

費用の目安も公式ページで確認できます。Genomia の MH 単項目検査は公式サイト表示で 56.00 米ドル(税別)、標準的な所要日数は12営業日。ドイツの Generatio(Center for Animal Genetics、ハイデルベルク)の同項目は 53.90 ユーロ(税込)です。日本円ではおおむね1万円前後になりますが、為替と国際送料・手数料で上下しますので、申し込み時点の公式表示額をご確認ください。一般向けの総合キット(Embark の Breed + Health は定価 199 米ドル)は、悪性高熱症以外の項目も一度に調べられる代わりに単価は上がります。

実務的な進め方は2つです。ひとつは飼い主が直接申し込める海外の一般向けキットを使う方法(口腔スワブで自宅採取・国際発送)。もうひとつはかかりつけの動物病院を通して海外ラボへ依頼する方法で、この場合は EDTA 全血での提出になることが多く、検査依頼書の記載や発送の手続きは病院側が担います。どちらにするかは、まずかかりつけに「悪性高熱症(RYR1)の遺伝子検査を検討している」と伝えて相談するのが近道です。

結果の読み方——陽性でも普通に暮らせる、陰性でも油断はできない

結果の解釈で押さえるべき点は3つあります。

1つ目。この体質は常染色体優性です。多くの遺伝性疾患(キャリアは発症しない劣性疾患)と違い、変異を1コピー持っているだけで発症しうるため、「キャリアだから大丈夫」という読み方はできません。Roberts 等(2001)のコロニーでも、感受性ありと判定された犬は全頭がヘテロ接合でした。

2つ目。陽性は「麻酔ができない」ではありません。Embark が案内しているとおり、やるべきことはカルテへの記載と、関わるすべての獣医師への共有です。前章で見たカナダの症例のように、引き金となる薬を避けた麻酔計画に切り替えれば手術は実施できます。

3つ目、そしてこれが一番大事な点です。陰性は「この検査が対象としている変異を持っていない」という意味であって、悪性高熱症を起こさない保証ではありません。2025年のゴールデンの症例で見つかった p.Pro152Leu は、そもそもそれまで犬で知られていなかった変異でした。既知の変異を調べる検査は、まだ誰も報告していない変異を拾えません。検査は麻酔中のモニタリングの代わりにはならない——ここは混同しないでください。

麻酔の予定があるゴールデンの飼い主が、いま現実にできること

ここまでの内容を、当日までに実行できる形にまとめます。

1. 予定された麻酔なら、事前面談で1つ質問する。「麻酔中は呼気の二酸化炭素(カプノグラフィ)をモニターしていますか」。悪性高熱症の最初のサインを拾う装置がその部屋にあるか、という質問です。

2. 過去の麻酔歴を、記憶ではなく記録で渡す。以前に麻酔をかけた際、覚醒に異常に時間がかかった、体温が上がった、といったエピソードは重要な情報です。別の病院で受けた処置なら、当時の記録を取り寄せておきます。

3. 血縁の情報を集めておく。de novo 変異がありうる以上これは万能ではありませんが、同腹犬や親に麻酔中の異常があったなら、それは強い手がかりです。ブリーダーと連絡が取れるなら聞いておく価値があります。

4. 検査を受けるなら、手術の直前ではなく余裕をもって。海外ラボへの発送を含めると、結果が出るまでに数週間かかります。手術日が決まってから動くと間に合いません。

5. 陽性だった場合は、紙で持ち歩く。夜間救急や旅行先の病院では、かかりつけのカルテは見られません。結果レポートのコピーを1枚、迷子札と同じ扱いで携行しておくと、緊急手術のときに意味を持ちます。

悪性高熱症は稀です。ほとんどのゴールデン・レトリーバーは、生涯にわたって何の問題もなく麻酔を受けます。それでも2025年の症例が示したのは、「家系に前例がない」ことは安全の根拠にならないという事実でした。だからこそ、遺伝子を調べるかどうかに関係なく、麻酔前の一言と、モニタリングの確認という誰でもできる備えに価値があります。

よくある質問

Q. うちの子は過去に手術を無事に終えています。もう安心ですか?
過去に問題なく麻酔を終えたことは、心強い材料ではありますが、絶対の保証ではありません。悪性高熱症は麻酔薬の種類・投与時間・そのときの体調によって現れ方が変わり、Merck Veterinary Manual はストレスや興奮、運動も引き金になりうると記載しています。前回と違う薬剤を使う場合や、より長い手術を受ける場合には、前回無事だったことを含めて麻酔歴として伝えたうえで、計画を立ててもらってください。

Q. ゴールデン・レトリーバーは悪性高熱症になりやすい犬種なのですか?
「なりやすい犬種」と言えるだけの頻度データはありません。2025年の症例報告で12か月齢のゴールデンの致死例が詳細に解析されたのは事実ですが、これは1例の報告であり、犬種ごとの発生率を示すものではありません。Haluskova 等(2023)の50頭・27犬種の調査でも変異保有犬は確認されていません。この体質は犬種で線を引くより、個体として備える話だと考えてください。

Q. 検査で陽性だったら、避妊・去勢手術は諦めるべきですか?
いいえ。諦める必要はありません。引き金となる揮発性吸入麻酔薬とスキサメトニウムを避けた麻酔計画(たとえばプロポフォールによる完全静脈麻酔)で手術を行った症例が報告されています。Shin & Ambros(2025)の症例では、危機を起こした6週間後の再手術が最初から TIVA で計画され、問題なく終了しました。どの方法を選ぶかは獣医師の判断ですので、結果を持って相談してください。

Q. 費用と期間はどれくらいかかりますか?
検査そのものは、海外ラボの単項目検査であれば公式表示で Genomia が 56.00 米ドル(税別)、Generatio が 53.90 ユーロ(税込)——日本円でおおむね1万円前後です。一般向けの総合キット(Embark の Breed + Health は定価 199 米ドル)はより高額になります。為替と国際送料で変動しますので、料金は各サービスの公式ページで最新の金額をご確認ください。期間については、LABOKLIN が検体到着から3〜5営業日で結果を出すと公表しています。日本からの発送日数と病院での採血の日程を含めると、申し込みから手元に結果が届くまで数週間を見込んでおくのが現実的です。

Q. ダントロレンを自分で用意しておくことはできますか?
できません。ダントリウム静注用20mgは医師(獣医療では獣医師)の管理のもとで使用される医療用医薬品であり、飼い主が個人で購入・保管して使うものではありません。用量・調製・投与はいずれも専門的な判断を要します。飼い主にできるのは、手術前に体質の可能性を伝え、施設側が準備を検討できる状態にしておくことです。

Q. 悪性高熱症と熱中症は違うものですか?
体温が上がるという結果は似ていますが、成り立ちが違います。熱中症は暑熱環境や過度の運動で外から入る熱と放熱のバランスが崩れる状態で、どの犬にも起こりえます。悪性高熱症は麻酔薬などの引き金に反応して筋肉自身が熱を作り続ける状態で、遺伝的な素因が背景にあります。夏場の散歩の注意点とは別の話として理解してください。いずれの場合も、ぐったりして体温が高いときは緊急事態ですので、すぐに動物病院を受診してください。

画像クレジット: Golden Retriever 2020 2 by Johannnes89, CC BY-SA 4.0(1200×630 に中央トリミング)

参考文献

検査で調べるには

ペットのDNA検査には遺伝性疾患のキャリア(保因)やリスク指標を含むものがありますが、結果は「情報」であって診断ではありません。気になる症状や確定診断が必要な場合は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。

この記事で扱う 悪性高熱症 (RYR1) を、各サービスが検査対象として明記しているかを、お住まいの地域別にまとめました(✅=対象/❓=要確認(公式に明記なし)/❌=対象外)。

日本国内にお住まいの方

Pontely 犬の遺伝子検査
🌐 サービス提供: 日本国内向け(海外からの検体返送は非対応)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
自宅スワブの犬の遺伝子検査。犬種別のおすすめ項目として MDR1・PRA(進行性網膜萎縮症)を扱う(公式 疾患ページで確認)。日本国内向けサービス。
カホテクノ 遺伝子検査
🌐 サービス提供: 日本国内向け(海外からの検体返送は非対応)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
福岡の検査機関。MDR1 を公式に明記(コリー系対象、EDTA 全血)。DM は要確認。
VEQTA 犬 遺伝性疾患DNA検査
🌐 サービス提供: 日本国内向け(海外からの検体返送は非対応)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
愛媛大発ベンチャー(大阪/福岡)。MDR-1・DM・PRA各型・vWD・HUU・EIC・第VII因子(F7)等を公式に個別明記。オンライン注文可。
アマネセル 遺伝子検査
🌐 サービス提供: 対応地域は公式に明記なし(要確認)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
獣医師経由の病理検査ラボ。MDR1 を明記。DM は要確認。
岐阜大学・鹿児島大学 DM(SOD1) 検査
🌐 サービス提供: 日本国内・主治医(獣医師)経由のみ
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
大学の SOD1(DM) 検査。申込は動物病院経由。結果は発症リスクであって診断ではありません。MDR1 は要確認。
アニコム DM(SOD1) 検査
🌐 サービス提供: 日本国内向け(海外からの検体返送は非対応)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
コーギー等の繁殖プログラムで大規模実施。国内での SOD1(DM) 検査の選択肢。MDR1 は要確認。
Orivet Japan(オリベット)犬 DNA検査
🌐 サービス提供: 日本・アジア居住者向け(検体は国内ラボへ返送)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
犬のDNA検査(自宅スワブ・日本語/円建て・国内決済)。品種別セット/単項目で遺伝性疾患リスク+形質を提供する大手。MDR1・DM・PRA 等の個別対象は品種別ページで要確認。
amomag(アモマグ)犬 遺伝子検査
🌐 サービス提供: 日本国内向け(海外からの検体返送は非対応)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
犬の遺伝子検査(自宅スワブ・低価格帯)。犬種別に遺伝性疾患リスクを解析。個別遺伝子の対象は公式で要確認。
エアデック mini ラフォラ病遺伝子変異検査
🌐 サービス提供: 日本国内・主治医(獣医師)経由のみ
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
国内の検査ラボ。Epm2b(NHLRC1)遺伝子変異を単項目で解析し、変異ホモ/ヘテロ/野生型を判定。検体は全血0.5ml以上(抗凝固剤入り・冷蔵送付)で、スワブ不可・動物病院経由での依頼。報告は受付日から2〜5日。Epm2a等の他要因によるラフォラ病は解析範囲外と明記。

日本国外にお住まいの方

※ キットの購入・国際配送が可能でも、検体の返送・解析・結果受領といったサービス提供が居住国で受けられる保証はありません。各サービスの「サービス提供」地域と返送方法を注文前に必ずご確認ください。

Embark (Breed + Health)
🌐 サービス提供: US/カナダ/EU/UK/豪で利用可(USラボ返送・国際は返送料自己負担)
悪性高熱症 (RYR1):✅ 対象
Cheek swab; multi-condition health panel that includes MDR1 and DM (SOD1). Also on Amazon (US health kit; JP = parallel-import).
Orivet
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
悪性高熱症 (RYR1):✅ 対象
Standalone tests incl. MDR1 (ivermectin sensitivity) and Degenerative Myelopathy (DM). GenoPet kit also on Amazon.
Paw Print Genetics
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Clinical-grade lab; standalone MDR1. Other conditions incl. DM: verify on the product page.
LabGenVet (Canada)
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
悪性高熱症 (RYR1):✅ 対象
カナダの獣医遺伝学ラボ。NHLRC1 のラフォラ病検査を、ビーグル/チワワ/ミニチュア・ワイヤーヘアード・ダックスフンド/ニューファンドランド/ウェルシュ・コーギー・ペンブロークについて掲載。郵送受付、検体種と国際発送は要問合せ。
Feragen
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Genomia
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
悪性高熱症 (RYR1):✅ 対象
チェコ・プルゼニのEUラボ。NHLRC1 のラフォラ病検査を12犬種向けに単項目で掲載。飼い主が直接注文でき、スワブキットの提供あり。

その他の国・地域で提供されているサービス(お住まいの地域では入手できない場合があります)

Wisdom Panel Premium
🌐 サービス提供: US・カナダ+UK(各地域ラボ)。EU本土は要確認
提供地域: 米国 / 英国 / EU
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Cheek swab; 265+ conditions including MDR1 and DM (SOD1). Lafora disease is reported as a LINKAGE test (marker-based prediction, not the NHLRC1 repeat itself) — the company itself advises confirming with a direct test before breeding decisions.
Basepaws Dog DNA
🌐 サービス提供: 実質US国内のみ(国際は返送を自己手配・返送先は米国ラボ)
提供地域: 米国
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Dog health panel includes MDR1. DM (SOD1): verify on the product page. Also on Amazon.
UC Davis VGL (dog)
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
提供地域: 米国
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
University lab; standalone MDR1 and DM (SOD1) tests, owner-orderable.
WSU PrIMe / VCPL (discovered MDR1)
🌐 サービス提供: 対応地域は公式に明記なし(要確認)
提供地域: 米国 / 英国 / EU
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Dr. Mealey’s lab — the group that discovered ABCB1-1Δ. Direct-to-owner MDR1 test. DM: verify.
Breedwise DNA
🌐 サービス提供: 国際は要問合せで対応可(国別送料別)
提供地域: 米国
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Standalone MDR1 oral swab (US). DM: verify on the product page.
OFA / University of Missouri
🌐 サービス提供: 世界から郵送受付(輸入/通関書類が必要な場合あり・返送は自己手配)
提供地域: 米国
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
The originating DM lab (Awano 2009). SOD1 c.118G>A test; result = risk class, not a diagnosis. MDR1: verify.
Wisdom Panel Premium
🌐 サービス提供: 対応地域は公式に明記なし(要確認)
提供地域: EU
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Laboklin
🌐 サービス提供: EUの自社ラボ網+UK(他地域は個別対応)
提供地域: EU / 英国
悪性高熱症 (RYR1):✅ 対象
GLBizzia(格致博雅)ペット遺伝子検査
🌐 サービス提供: 中国国内向け(国際対応は要確認)
提供地域: 中国
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
Urban Animal (India)
🌐 サービス提供: インド国内のみ(国外は要問合せ)
提供地域: インド
悪性高熱症 (RYR1):❓ 要確認
India-based broad panel (130+ conditions); MDR1 / DM not explicitly published — verify.

健康・症状が心配な方へ — 獣医師への相談

遺伝性疾患の確定診断や治療方針は、検査キットではなく獣医師が判断します。以下は公的な相談先です。

日本獣医師会(動物病院を探す)

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このページは教育目的の情報提供であり、獣医療上の診断・助言ではありません。ペットの健康に関する判断は、必ず獣医師にご相談ください。

この記事を書いた人

森下 慧

森下 慧

編集・執筆(獣医師ではありません)

分子生物学を学び、受託ゲノム解析ラボでの勤務経験を持つ、犬や猫と暮らす愛好家。獣医師ではなく、査読済みの研究論文と公的機関の一次データを読み解き、「診断ではなく情報」として整理・再構成することに徹しています。

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