本ページはアフィリエイト広告を含みます。以下は公開された査読論文・大学研究機関の資料を横断的に要約・再構成した教育目的の情報であり、獣医療上の診断・治療の助言ではありません。薬の使用・中止・変更は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
MDR1(ABCB1)は、脳を守る「血液脳関門」で薬を運び出すポンプ(P-糖タンパク質)の設計図となる遺伝子です。この遺伝子に特定の変異があると、一部の薬が脳にたまりやすくなる体質が生じることが研究で報告されています。遺伝子検査でわかるのは、あくまでこの「体質」に関する情報であって、病気の診断でも、副作用が必ず起きる・防げるという保証でもありません。検査結果は、獣医師が投薬を判断するための参考情報として役立ちます。
MDR1(ABCB1)遺伝子とは — 脳を守る「薬の排出ポンプ」
MDR1遺伝子(現在の正式名称はABCB1)は、P-糖タンパク質(P-gp)というタンパク質の設計図です。Mealeyらの2001年の研究(Pharmacogenetics)によれば、P-gpは「血液脳関門において薬物を輸送するポンプとして働き、さまざまな薬物を脳から血液側へ運び出す」役割を担っています(Mealey et al., 2001)。つまり、脳に不要な薬が入り込みすぎないようにする「門番」のような存在です。
変異が起きると何が変わるのか
同研究は、このMDR1遺伝子に4塩基の欠失(ABCB1-1Δ、別名 nt230[del4])が生じると、「フレームシフトが起こり、複数の終止コドンが生じてP-gpの合成が途中で止まる」ことを示しました。その結果、機能しない(切断された)P-gpしか作られなくなります(Mealey et al., 2001)。
ポンプが働かないと、本来なら脳から運び出されるはずの薬が脳にとどまりやすくなります。研究では、この変異を両親から受け継いだ(ホモ接合の)犬は、通常の犬では問題にならない用量でも薬に強く反応する「感受性」を示すのに対し、変異を持たない犬や片方だけ受け継いだ犬では感受性の増加はみられなかった、と報告されています(Mealey et al., 2001)。イベルメクチンという駆虫薬がP-gpによって運ばれる薬(基質)であることも、同研究で示されています。
どの薬剤で感受性が報告されているか
ワシントン州立大学の診断ラボ(WADDL)は、MDR1変異を持つ犬で注意が必要とされる薬剤を公表しています。そこには、高用量のイベルメクチン製剤、下痢止めのロペラミド(「MDR1変異犬で神経毒性を起こす」と明記)、一部の抗がん剤(ドキソルビシン、ビンクリスチン、ビンブラスチンなど)、アセプロマジンやブトルファノールなどが挙げられています(WSU WADDL)。一方で、Nexgard・Bravecto・Heartgard・Interceptor・Revolutionといった一般的な予防薬は、ラベル通りの用量であれば問題ないとされています。
ただし、これは「この薬を与えてよい・避けるべき」を飼い主が自己判断するためのリストではありません。薬剤ごとの適否や用量は、犬の状態・体重・併用薬によって変わります。実際の投薬は必ず獣医師の判断に委ねてください。
どの犬種に多いのか
MDR1変異は、牧羊犬(ハーディング犬)系に偏って多いことが知られています。ワシントン州立大学が公表する米国のデータでは、コリーの約70%(「米国のコリーの約4頭に3頭が変異遺伝子を保有」)、オーストラリアン・シェパード約50%、シェットランド・シープドッグ約15%、ジャーマン・シェパード約10%、ボーダー・コリーは5%未満、雑種は約5%とされています(WSU、保有率ベース)。
イスラエルで行われたDekelらの2017年の調査(BMC Veterinary Research、1,416頭)でも同様の偏りが確認され、対立遺伝子頻度でオーストラリアン・シェパード31.4%、ラフ・コリー27.5%、シェットランド・シープドッグ26.9%、ボーダー・コリー4.8%、ジャーマン・シェパード2.4%、雑種約0.9%と報告されています(Dekel et al., 2017)。※米国データ(保有率)とイスラエルデータ(対立遺伝子頻度)は数え方が異なるため、数値そのものの単純比較はできません。いずれも「牧羊犬系に多い」という傾向を示す点で一致しています。
検査でわかること・わからないこと
MDR1の遺伝子検査でわかるのは、その犬が変異を「持たない/片方持つ/両方持つ」のどのタイプか、という体質に関する情報です。獣医薬理学のレビュー(Dowling, 2006, Canadian Veterinary Journal)は、「イベルメクチンなどP-糖タンパク質の基質となる薬をコリーなどで一律に避けるのではなく、治療前にその犬の遺伝子型を調べておくことができる」と述べ、遺伝子検査を投薬を一律回避するのではなく、個々の犬に合わせて判断するための情報と位置づけています(Dowling, 2006)。
裏を返せば、検査でわからないこともあります。変異があっても、どの薬でどの程度の反応が出るかは用量や状況によって異なり、検査は「副作用が必ず起きる/必ず防げる」ことを示すものではありません。あくまで、獣医師が投薬を検討する際の判断材料の一つです。
いちばん大切なこと:投薬は必ず獣医師と
MDR1の体質は、正しく知って獣医師と共有すれば、より安全な薬の選択に役立てられる情報です。逆に、飼い主の自己判断で薬を与えたり中止したりすることは危険です。牧羊犬系の犬を迎えたとき、あるいは手術や投薬の予定があるときは、検査結果を持参して、かかりつけの獣医師に相談することをおすすめします。
よくある質問(FAQ)
Q. うちの子は牧羊犬ミックスです。検査した方がいいですか?
牧羊犬系はMDR1変異が多い傾向があるため、検査は体質を知る一つの手がかりになります。ただし検査を受けるか、結果をどう活かすかは、かかりつけの獣医師と相談して決めるのが安心です。
Q. 変異があると必ず薬で副作用が出ますか?
必ず出るとは限りません。研究では、変異を両方受け継いだ(ホモ接合の)犬で通常量でも強い反応が報告されていますが、実際の反応は薬剤・用量・状況によって異なります。検査は「必ず起きる・防げる」を示すものではなく、獣医師の判断材料です。
Q. 検査結果があれば市販薬を自分で選べますか?
いいえ。薬の適否や用量は犬の状態によって変わるため、自己判断は危険です。MDR1検査は病気の診断ではなく体質情報であり、投薬は必ず獣医師にご相談ください。
参考文献
- Mealey, K.L. et al. (2001). Ivermectin sensitivity in collies is associated with a deletion mutation of the mdr1 gene. Pharmacogenetics, 11(8), 727–733. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11692082/
- Dowling, P. (2006). Pharmacogenetics: It’s not just about ivermectin in collies. The Canadian Veterinary Journal, 47(12), 1165–1168. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1636591/
- Dekel, Y. et al. (2017). Frequency of canine nt230(del4) MDR1 mutation in prone pure breeds, their crosses and mongrels in Israel. BMC Veterinary Research, 13, 333. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5683241/
- Washington State University, Program in Individualized Medicine (PRIME). Breeds commonly affected by the MDR1 mutation. https://prime.vetmed.wsu.edu/2021/10/19/breeds-commonly-affected-by-mdr1-mutation/
- Washington Animal Disease Diagnostic Laboratory (WADDL), Washington State University. MDR1 in dogs. https://waddl.vetmed.wsu.edu/mdr1-in-dogs/
本記事は、上記の査読論文・大学研究機関の資料を横断的に分析・再構成したものです(一次情報の集約)。最新の研究や各検査サービスの仕様変更により内容が更新される場合があります。薬に関する判断は必ず獣医師にご相談ください。
検査で調べるには(日本にお住まいの方へ)
ペットのDNA検査には遺伝性疾患のキャリア(保因)やリスク指標を含むものがありますが、結果は「情報」であって診断ではありません。気になる症状や確定診断が必要な場合は、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
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